●大多数から支持を得る国家ビジョンがあるか
田口 『孫子』の次の項目に「之を校するに計を以てし(敵と味方の状態を基準に照らして比較して)」とあり、「七計(七つの基準)」が出てきます。
それも「主孰れか有道なる(敵と味方の君主のどちらが人心を得ているか)」から始まります。これはとても重要で、要するに国家に対する思い(どのような国家にしたいか、どのような国を目指してトップリーダーをしているのか)について、敵と味方のどちらのトップの思いが強いかということを言っているのです。
また「有道」の「道」は、道義のことです。つまり、人の道にどちらが合っているのか。人の道に合っていなければ、うまくいかないことに対する共鳴・共感性がないので、徹底的に孤軍奮闘になってしまう。この「有道」という言葉を見ただけで、この漢字一文字の意味から考えても、道義・道理がなければ人が離れて孤軍奮闘になるのだと分かるのです。
―― なるほど。
田口 そういった意味では、国家のトップは地球上のかなりの人間から共鳴・共感を寄せてもらえるほどの国家ビジョンがなければやっていけないことを悟らなければいけない、と言っているのです。
その意味でいえば、日本は世界中の人が感心してしまう国なのか。ちなみに横井小楠(幕末維新期の思想家、政治家。熊本藩士)は日本を何と言ったかというと、「世界の民の幸せのお世話係」です。これだけで十分でしょう。
―― はい。
田口 世界の民の幸せのお世話係に徹している国として、「何か問題があったら言ってください。すぐ駆けつけます」と。日本をそのような国家にしようと思ってやってきた。そのような、ひと言でパッといえて皆が感心してしまうようなものは何かあるのか、ということをここで言っているわけですね。
●問われるリーダーの能力と天の時・地の利
田口 次の「將孰れか有能なる(どちらの将が有能か)」ですが、将軍の位で初めて能力があるかどうかという能力が問われるのです。
そして「天地孰れか得たる(天や地はどちらに味方しているか)、法令孰れか行はるる(法令はどちらかしっかり行われているか)」。「天地孰れか」とは「天の時、地の利(天の好機、地の有利な条件)」です。
ここで、ロシアの「天の時(好機)」とはいったい何のことか。2014年の侵攻がありましたよね。
―― クリミア侵攻ですね。
田口 そう。あれから発想がずっと続いているのです。
2014年から今日までのこの戦争に至る過程で、私はここではウクライナにものを申したいのだけれど、「何をやっていたのですか」ということです。2014年にクリミア侵攻があり、いわば暴力団のような国が隣国にいることがよく分かったはずです。「このまま放っておけばまた何か言ってくるだろう」ということは分かる。このとき、「私はこういったことで警察に守ってもらいます」ということを、暴力団にわざわざ言いに行く必要はありませんね。
今回に至る過程を時系列的にたどれば、ご承知の通りアメリカの大統領がウクライナの(NATO)加盟は可能性があるというようなことを言ってしまったことから火がついたわけです。
―― そうですね。
田口 「可能性がある」というのは非常に無責任な発言です。入ったとなれば、共同の契約があるから、今ごろ(NATO)対ロシアになっています。仮にウクライナが入っていれば。
―― NATOに加盟していれば、ですね。
田口 ですが、入っていないのです。「入る、入る」と言いながら、まだ入っていないということは、いたいけな少女が一人、戦場で立っているような状態でしょう。そして、「やがてあれ(ウクライナ)はこちらに来るのだよ。あちらへは行かせない」としていますが、それは誰だってするでしょう。
だから、そういう意味でまずアメリカのバイデン大統領が大反省しなければいけない。国家の長は軽々に発言してはいけないということ、要するに多大な人命の損失を被るのだということを、非常に明確にしたのです。ですが、それについて誰も指摘しない。これは非常に罪のあることです。
2014年から現在まで、入るのなら密かに事を進めて、入った後で「入った」と情報開示すべきです。
―― おっしゃる通りですね。
田口 そうしたらロシアは何にもできなかったでしょう。(NATO側も)特例を設けて秘密会談などを行い、迅速に決めて、加盟したのちに情報をオープンにして「もう手続きは終わりました。加盟です」という具合にすればよかった。国際社会でありながら、なぜそのような配慮がなかったのか。ここもしっかり検証しなければいけません。
逆に日本がその被害者だったら、ど...