●個人の考えも国際秩序も変えさせる重みある戦争
―― 今回は、国際政治や国際秩序がウクライナ侵略によってどのように変わってしまったのかというお話をお聞きしたいです。今回のウクライナ侵略の前と後ではどう違いがあるのか。特にこの後どうなっていくかということについて、先生はどのように見ておられますか。
小原 今回の戦争は、ありとあらゆる面に影響を与えています。戦争の前と後で(といっても戦争がいつ終わるかは分かりませんが)、われわれは考え方も変えないといけない。それから、中長期的には国際秩序の変化ということにまで影響してくる。大変な重みのある戦争になってしまったという気がします。
もう少し具体的にいうと、まず安全保障という分野があります。安全保障というのは、(第1話で)お話ししたように、冷戦時代のソ連から、冷戦後はどういった秩序づくりをしてきたかということです。
NATOが拡大していく中、一方でロシアも含めた形での安全保障システムにより新しい秩序ができていればよかったのですが、それができないまま、結果的にこういったことになってしまったということがある。
そうなると、どうしても気になるのはロシアと今の拡大されたNATOとの関係をどう捉えるのかということです。NATOとロシアの関係をどうすれば本当に安定させていけるのか。この部分が、非常に難しい課題として今回残ったわけです。
●欧州における危機感はドイツをどう変えたか
小原 例えばドイツではどういう変化が起きたかを見ましょう。ドイツでは基本的に第二次大戦の反省なども踏まえて、ヨーロッパを経済大国として支えてきました。これは日本も同様です。一方、軍事的にはできるだけ小さいドイツとして振る舞い、武器輸出も含めて周辺に脅威を与えないような政策を維持してきました。
今回ウクライナに戦争の危機が迫り、支援を求められたドイツが送ったのはヘルメットでした。「ヘルメットを5000個送りましょう」と言われたゼレンスキー大統領からすると、「あの大国のドイツが? 何かの間違いではないか」と考えるわけですが、それは第二次大戦後の生きざまとしてドイツが行ってきたことを象徴しています。
ただ、実際にロシアが侵略を行い、戦争が起きてしまった今、ウクライナで起きていることは、それ以外の西側欧州諸国にとっては、自分たち自身の脅威であり、自分たちの安全に直接関わる問題です。戦後長らく戦争は起きないと思われる中でEU(ヨーロッパ共同体)が生まれ、かつての敵対国も全て一つの屋根のもとで平和と繁栄を享受できる時代に生きてきたのが、突然すぐそばで戦争が始まってしまった。シリアやイラクで起きている戦争とは違って、まさに自分たちのヨーロッパ本土で、すぐそばで起きたわけです。
―― 目と鼻の先で、ですね。
小原 そうです。そこで、ドイツは考えられなかったほどの軍事的・安全保障的な政策転換を迫られました。ご承知のように国防費を大幅に増やし、ウクライナに対する武器輸出も行うような大転換を、ドイツは行いました。
それから、ご存じのように経済制裁には、永世中立国であるスイスが入っています。SWIFT(国際銀行間金融通信協会)という大規模ネットワークからロシアを除外するという金融制裁に、スイスが加担したのです。
このように、今や欧州における危機感が欧州の安全保障に対する政策を変えようとしている。これが、一つの大きな変化だと思います。
●ヨーロッパを超えて中国も注視するウクライナ
小原 同時に、今回の侵略の影響は欧州のみにはとどまりません。国連憲章にも明確に「主権の尊重、領土の一体性」と書かれていて、それは「武力によって侵してはならない」とされているのを破ってしまったからです。
かつ、戦略的には中国とロシアの関係があります。これらは、民主主義を奉じるバイデン政権からすれば、「権威主義国家、専制体制の国」と見なされています。「民主主義」対「権威主義」のような構図になり、「中国はどちらにつくのか」と迫られているのです。
(ロシアの行為は)国際法を踏みにじっている。権威主義のようなものでまとまるつもりなのか。大国の責任として、そうはすべきでないという圧力をかけているわけですが、それぞれの国にイデオロギーの違いだけでなく、さらに国益があります。
例えば中国には台湾という問題があります。では、ウクライナで起きていることを台湾の問題に投影すれば一体どうなるでしょうか。今ウクライナで起きている戦争の実情、経済制裁や戦場で起きていることなどを中国はつぶさに見て、検討して、台湾との関係にどう生かしていくのかを真剣に考えている最中だと思います。
●アメリカの戦略転換と日本の安全保障への影響
小原 さらに、台湾海峡もウクライナ...