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「智名無く、勇功無し」――孫子に学ぶプロの世界のやり方

『孫子』を読む:形篇(3)プロとは何か

田口佳史
東洋思想研究者
情報・テキスト
戦乱に明け暮れた孫子の時代おいて、戦いを極めるプロが存在していた。本当のプロなら、危うく勝つことはあり得なく、戦う前に勝っている状況をつくるのがプロのやり方である。よって、勝ったとしても「智名無く、勇功無し」、すなわち名将として名をあげたり勲章のようなものを胸にぶら下げたりしないということだ。現在の情報化社会において、さまざまな分野でプロと呼ばれる人が活躍しているが、真のプロとしての振る舞い方を孫子から学びたい。(全4話中第3話)
時間:10:59
収録日:2020/02/25
追加日:2020/12/17
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≪全文≫

●味方に犠牲者を出さないためには機敏に知恵を働かせることが重要


 続いて、「故に能<よ>く自ら保ちて、勝を全うす」ですが、これは、自分のほうはあまり攻撃を受けないということで、犠牲者はなくて、相手ばかりが犠牲になるような、そういう戦略をしっかり取っていることが重要なのです。例えば、敵に比べて飛行機が少ないというのであれば、ではどうするのかといったときこそ、知恵の勝負となるわけです。

 それこそ伝統的なものでいえば、凧もあるでしょう。そうしたいろいろなものをうまく使うということが重要で、そこは機に応じてその場をうまく取り仕切ってしまうということです。言ってみれば「機敏」ということですが、「機に応じて敏なり」と言って、要するに敏腕記者などという、あの「敏」です。そういう意味では、素早くクルクルと知恵を働かせるということが、実は大切だということを言っているのです。


●プロなら危うく勝つことはあり得ない


 次です。「勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非<あら>ざるなり」。いよいよ孫子の「真骨頂」ともいうべき台詞、章句がたくさん出てきます。この「勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり」ですが、これはどういうことかというと、言ってみれば、多くの人が見ていて、とても感動するような劇的な勝ち方などというものは、善の善なるものではないと言っているわけです。

「戦ひ勝ちて天下善しと曰ふも」と、戦いによく勝ちましたね、よく戦いましたね、と天下が言うのも、「善の善なる者に非ざるなり」というのです。これはなぜいけないのでしょうか。要するに、危うく勝ったなどということは、善の善なる者ではないということです。

 プロの勝ち方というのは、もうたやすく相手に勝っているようなものですから、見ていても面白くもなんともないわけです。必ずこちらが勝つだろうというような、準備万端ができていて、それで自分のほうが情報もいろんな準備も全うされていますから、簡単に勝つわけです。

 ですから、プロは危うく勝つなどということはあり得ないのです。プロは当たり前に勝つということを最大の誇りにしているからです。ですから、見ているほうが面白く、どちらが勝つのか分からないような、危うくこっちが勝ったなどというのは、プロの勝ち方ではないと言っているのです。プロはたやすく勝つ。なぜかというと、徹底的に情報で勝っているからです。ここのところは、このようにこうしておけばいいと、そしてあそこはこうしておこうと、すでにできているのです。


●勝てる相手に容易に勝つのが本当のプロ


 したがって、「故に秋毫を挙ぐるは多力と爲さず」です。秋毫というのは秋に生え替わる獣の毛です。毛は冬が来るのに備えて、秋に1本1本が太くなります。その1本1本を持ち上げるのを見て、「力があるね」と言う人はまさかいません。そのように、当たり前ということが重要なのです。さらに、「日月を見るは明目と爲さず」とは、日が見えますとか、月が見えますということを、「目がいいですね」とは言いません。つまり「雷霆<らいてい>を聞くは聡耳<そうじ>と爲さず」で、雷がゴロゴロと鳴っているのを、それが聞こえるから「耳がいいですね」と言う人はいないということです。

 そして「古の所謂善く戦ふ者は、勝ち易きに勝つ者なり」というように、優れた者は勝てる相手に容易に勝たなければいけないのです。それから、「故に善く戦ふ者の勝つや、智名無く、勇功無し」ですが、勇功、軍人の胸にぶら下がっている勲章(勇功章)などでたたえられたり、それから智名、例えば危うく逆転で勝ったなどといって名をあげたりするということは、孫子からいえば、それは甘い勝ち方で、危うい勝ち方だということです。プロはそのようなことはしないものです。

 ここでわれわれが考えなければいけないのは、やはりプロの世界というものをもう1回目指さなければいけないということです。プロの世界のやり方は、要するに、戦う前に勝っているというような状況を作り、誰がやっても勝てる状態にしておくということです。つまり、準備万端整えてからするものであり、危うく勝つなどということはしないわけです。

 そういう意味でイチロー選手でいえば、ダイビングキャッチで危うく捕ったなどということはほめられたものではないのです。要するに、自分の守備位置の選定が間違っていたと、深く反省しなければいけないということになります。軽く、キャッチボールの球を捕るように、スパッと捕るところにプロの醍醐味があって、それは何かというと、あらかじめこ...
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