●日本天台宗での修行の仕方を指定した『山家学生式』
―― 今回は『山家学生式(さんげがくしょうしき)』ですが、これはどういう文章になるのでしょうか。
賴住 『山家学生式』というのは、最澄が自分のお弟子さんたちに、「このように修行するのですよ」ということを規定した文章です。最澄は自分の教団として「日本天台宗」をつくり、その中で修行の仕方を指定しているわけです。
前回お話ししたように、最澄は「小乗戒」を否定し、自分自身も受けていた小乗戒を捨ててしまいました。小乗戒は日常的な行動の規定ですので、それがなくなった代わりに、「こうするんですよ」ということを、きちんと言っておく必要があった。それが、この『山家学生式』に残されたということになります。
―― 前回の『願文』は若い頃ということですが、これはもうちょっと後ということになりますね。
賴住 そうですね。かなり年を取ってからの作になります。
―― 今回最初にご紹介するのが「八条式」ということですが、これは『山家学生式』の中ではどういう位置づけのところでしょうか。
賴住 読んでいただくと分かるように、自分のお弟子たちがどういうような修行をしなければいけないのか、具体的に指し示す部分になります。
●大乗戒の後は「一二年、山門を出でず」修行に励むべし
―― では、まず読ませていただきます。
「凡そ、此の宗、得業の者、得度の年、即ち大戒を受けしむ。大戒を受け竟(おわ)らば、一二年、山門を出でず、勤めて修学せしめん。」
「草庵を房と為し、竹葉を座と為し、生を軽んじ、法を重んじ、法をして久住せしめ。国家を守護せん。」
賴住 はい。まず、「得業の者、得度の年、即ち大戒を受けしむ」ということで、得度をしたら大乗戒を受けましょう、となっています。これは、第1話で言ったように小乗戒は受けないで、大乗戒だけ受ける「単受大乗戒」です。
この大乗戒を受けるのに「戒壇」という設備があるのですが、それを「つくらせてくれ」と最澄はずっと朝廷に申し入れていました。結局、最澄が生きているうちには実現しなかったのですが、亡くなった直後に認められ、「大乗戒壇」というものが比叡山にできます。
もちろん今でもあり、そこで大乗戒を受けて天台宗の僧侶として一人前になります。その後はどうするかというと、12年間山門を出ないで、「勤めて修学せしめん」です。「一切比叡山から下りず、12年間修行に専念しなさい」ということで、非常に厳しい教えになるわけです。
そのような厳しい修行をしなさいということで、その修行のありさまは、「草庵を房と為し、竹葉を座と為し」なので、「非常に粗末な衣食住の生活をしなさい」ということを言っています。
●「命懸けで仏法を極め、国家の守護になる」覚悟を問う
賴住 さらに「生(しょう)を軽んじ、法を重んじ」ということですが、「法」というのは仏法のことです。「生を軽んじ」というのは「命懸けで」ということですね。命懸けで、仏法を重んじていく。
「法をして久住せしめ」というのは、「仏法を広く永遠に広めなさい」ということです。最後の「国家を守護せん」で、「そういうふうにやっていくことで自分たちの住んでいる共同体を守ることができる」と述べています。国家は当時の人々にとっても、今の私たちにとっても、一つの大きな拠り所です。利他行によって、そこまで達成できるということを、ここでは言っていることになります。
―― なるほど。これは非常に基本的な質問ですが、「大戒(だいかい)を受ける」というのは修行の過程の中ではどのあたりに位置することですか。
賴住 そうですね、一人前の僧になる前に見習いの期間があります。見習い僧がある年齢、おそらく18歳かそのぐらいに達すると大乗戒を受けることになると思います。
―― そうすると、もし例えば18歳で大戒を受けたとしたら、12年ですから30歳ぐらいまで比叡山の中で修行をしろということになるわけですね。
賴住 はい、そういうことになります。
―― なるほど、分かりました。
●「僧侶こそ国の宝」と説いた『山家学生式』の冒頭
―― さらに次の文章に参りますが、これは『山家学生式』の有名な冒頭のところでしょうか。
賴住 そうです。
―― 「国宝とは何物(なにもの)ぞ、宝とは道心(どうしん)なり。道心ある人を名づけて国宝と為(な)す。故(ゆえ)に古人(こじん)言わく、径寸十枚(けいすんじゅうまい)、是(こ)れ国宝にあらず、一隅を照らす。これ則ち国宝なり」
これはどういう意味になりますか.
賴住 ここでは、「国宝とは何なのか」と問いかけ、「道心ある人」と答えています。「...