●修行に際しての志を表明した最澄の『願文』
―― 今回からは最澄の息吹ということで、『願文(がんもん)』や『山家学生式(さんげがくしょうしき)』の原文を見ながら進めていきましょう。こうした中から、「一隅を照らす」や「山川草木悉有仏性」のように山や川や草木にも仏性があるという思想に発展していったプロセスについて、お話をうかがいたいと思います。
まずは『願文』ですが、これはどういう位置づけの文章でしょうか。
賴住 はい、前回も申し上げましたが、エリートの僧侶だった最澄は、その地位を捨てて比叡山にこもります。当時の比叡山は一種の聖地のような場所だったと考えられます。そこにこもって12年間修行し続ける時に、自分の修行についての「志」を文章にして残したということになります。
―― なるほど。
賴住 ですから、割に若い時期の最澄の考え方が非常によく出ているということになるかと思います。
―― 自分はこのように修行するのだと表明したような文章ということですね。
賴住 はい、そういうことです。
●仏教の根本思想を述べた『願文』の冒頭
―― では、冒頭を読ませていただきます。
「悠々たる三界は純(もは)ら苦にして安きことなく、擾々(じょうじょう)たる四生はただ患にして楽しからず。牟尼の日久しく隠れて、慈尊の月未だ照さず。三災の危うきに近づきて、五濁(ごじょく)の深きに没(しず)む。」
非常にリズミカルな文章ですね。
賴住 そうですね、大変な名文としてよく知られている文章です。まず最初に「三界(さんがい)」という言葉が出てきます。「三界に家なし」などというように、迷いの世界を「欲界・色界・無色界」の三つに分けたもので、迷いの世界の全体、すなわち私たちが生きている世界全体が苦であるといいます。「一切皆苦(すべては苦しみである)」というのが仏教の一番基本的な考え方になりますが、まさにそれを最初に打ち出すために、こういう言葉を述べています。
次の「擾々たる四生」にまいります。
「四生(ししょう)」では、生きとし生けるものを生まれ方の四種で分けています。「胎生(たいしょう)」は母親のお腹から生まれる、「卵生(らんしょう)」は卵から生まれるというように四つの生まれ方で、要するに生きとし生けるもののすべてという意味で...