●「神の意思に合致する」ための社会づくりとしてのアメリカ史
―― 続きまして、アメリカにおけるプロテスタントのあり方と現代社会について深掘りしたいと思います。先生がアメリカの特徴としてお書きになっている中の一つとして、成文憲法(文章の形の憲法)をつくり、世界で唯一、政府および政府とは無関係ないくつもの教会があるような組み合わせの社会をつくった、とありました。このことの意味は、どのようになるのでしょうか。
橋爪 まず、プロテスタントの特徴は、神の支配を認めている、信じているということです。神がこの世界を創り、イエス・キリストが人びとを救いにやってきて福音を伝えたから聖書が残っています。そして、天に昇っていくが、やがてまたやってきて最後の審判を行ない、神の王国というものが造られます。神の王国を神が造っているときには、もう人間の出番はないですね。
―― はい。
橋爪 ただ、神の主権というものが本当に実現するイエス・キリストの再臨までの間、地上には神がいません。
―― はい。
橋爪 では、どうしたらいいのだろう。どうしたら神の意思にかなうのだろう。その間、人間は自分たちのことを何でもしないといけないのですが、勝手をするわけにはいかない。神の意思に合致するように、政治でも経済でも何でも実行しなくてはいけない。こう思うところから、アメリカというものができます。
一番大事なのは政府のつくり方なのですが、それまで政府はイングランドの政府で、イングランド国王がアメリカ植民地を統治していたわけです。これはしょうがないというので、認めていたわけです。神がいて、神がイングランド国王を国王にしたのであれば、イングランド国王に従うのはキリスト教徒の義務であるという考え方です。しかし、イングランド国王があまりといえばあまりな非道を行なったので、私たちはイングランド国王から独立しますということで、独立戦争が始まります。
―― はい。
●成文憲法ができるための条件、すなわち「自由」
橋爪 独立戦争をするには自分たちの政府が必要。そこで独立宣言を行ない、州の代表が集まる。戦争をするのには総指揮官が必要だから、大統領(プレジデント)をジョージ・ワシントンに頼む。彼が、「ユナイテッド・ステーツ(United States)」という州の連合を率いて戦っていく。
さて、戦争に勝った後はどうなるかというと、「私たちの国」をつくらなくてはいけない。プレジデントはジョージ・ワシントンだけれども、彼が王様になってしまったら元の木阿弥であるから、それは困る。そこで、彼が王様にならないよう、大事な大事なアメリカの基本的な考え方を決める文章をつくって契約書にしましょう、ということになる。
それまでも、州をつくるときには必ずそういう契約書があったから、同じような考え方で、「ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ(United States of America)」の契約書を作る。これが成文憲法です。その肝は「いくつかの重要な事柄を守ると約束してください。そうすれば、アメリカ合衆国という連邦政府をつくることを私たちは認めましょう。そして、連邦政府に私たちは従いましょう」ということで、服従を約束しているものの条件付きなのです。
その条件は何か。一番大事なのは「自由」です。自由にもいろいろな種類がありますが、第一は「信仰の自由」です。
信仰の自由ですが、例えばマサチューセッツ州は会衆派。バージニア州はアングリカン・チャーチでしたが、イギリスから独立してイギリス国王への忠誠はもう必要がなくなったため、名前を変えて「エピスコパル(米国聖公会)」を名乗るチャーチになりました。他にも、前回に名前を挙げたようなチャーチがいっぱいあります。
みながそれぞれの教会に属しているのですが、連邦政府がどこかの教会を禁止するとか、他の教会に税金をあげてみな「そちらへ行きなさい」とかいうような干渉をすると大変なので、政府と教会は分離しておく。
「政府は特定の教会に肩入れはしません。政府はあくまでも世俗の組織です」というように決める。これは憲法の本文ではなく修正第1条に書いてある、「自由」の第一です。憲法にそう書いてあるから、安心して自分の教会に行けるわけです。
●自然権としての「人権」は神が与えた権利
橋爪 次に、自由ということで言えば、「所有権」を守ること。所有権は神聖であり、人びとの自由の基礎であるから、政府はそれを保障する。
3番目に大事なのは「参政権」、特に投票する権利です。今まではみながそれぞれの教会で、直接民主制による投票で決めてきた。このやり方で選んだ役員には任期があるから、次の選挙で当選しないとただの人に戻ってしまう。こうすることで、民衆が役員や政治家をコントロールできるわけです...