18世紀の禅僧・白隠は画を用いて各地で民衆を教化した。民間への浸透ぶりを伝える逸話の一つに赤ん坊をめぐる話がある。修行を積んだ禅僧ですら予期しない逆境に出会う。エスカレートしていく状況のいちいちに彼は「ああ、そうか」と応じた。状況を変えようとしない白隠の覚悟はどれほどのものだったのか。(全10話中第8話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●白隠禅師と赤ちゃんの話
五十嵐 板東先生に仏教のお話をするのもアレですが、白隠和尚という人がいるでしょう? 白隠和尚は今でもいっぱい語録が残っているような、すごく立派で偉いお坊さんだけど、ある村の住職をしていたときに、その村である女の人が子どもを産んじゃったの。その当時私生児を産むというのは大変なことだから、その娘のお父さんが怒って、「こいつの父親は誰なんだ!」って言ったわけ。でもほんとのことを言ったら自分の恋人が殺されちゃう、白隠和尚だって言ったら立派な人だから誰も殺さないと思って、「白隠和尚がお父さんです」と言ったの。
津崎 うん、なるほど。
五十嵐 そうしたら周りの村中の人たちが、「白隠和尚はあんな顔をして、実際はそんなひどい奴だったのか」と言ったのね。そうやってみんな、お寺に対して何も支援しなくなっちゃったの。そのとき、白隠和尚はそれを聞いて、「おお、そうか。」と言ったんだって。
赤ちゃんが産まれると、娘のお父さんが赤ちゃんを連れてきたの。「この赤ちゃんはおまえの子どもなんだからおまえが育てろ」って。それにも「おお、そうか。」って。支援する人がいないとお寺にはお金はないのに、「おお、そうか。」と言って子どもを育てたんだって。そのうちに娘と恋人が悪いことをしたと思って、ほんとのことを言ったの。で、お父さんが「ごめんなさい」と謝って子どもを引き取ったのね。そのときもやっぱり「おお、そうか。」と言った。すごく大変なことじゃない? もう逆境じゃない? なのに、そのときそのときに「おお、そうか。」って受け入れるんだよね。
津崎 それが、百姓(農民)が起きることに対してなすがままに、自然に沿って生きているのと同じだということ?
五十嵐 それだけじゃなくて、そんなにえらい白隠和尚のような人であっても、やっぱりプラン(見通し)というのはあるんじゃない? ところが、思いもかけないようなことでそれが破られるわけじゃない? そのときには(やっぱり)驚くんだけど、「おお、そうか。」と受け入れる。カボチャを割ったときに虫が出てきたのと同じように「おお、そうか。」と言って受け入れる。そうしたら次にもっとひどいことが起きて、思いもかけないことが起きてきて、それでもまた「おお、そうか。」って言う。
●自らの思いが...