●中央銀行が直接電子マネーを全て発行するのは現実的ではない
―― たしかに、今使っている人も多い交通系ICカードやiDカードなどと本当に変わらない感じになりますね。ユーザー側からすると、それほど変わらない世界になるということでしょうか。
柳川 変わらない世界のほうが方向性としては望ましいのではないかと考えている人のほうが多いのだと思います。ただ、技術的にはそれだけが選択肢ではない。前回申し上げたように、中間を通さないで中央銀行が直接電子マネーを発行する、それで全て取引してもらうということも、少なくとも技術的選択肢としてはあり得ます。
ただ、これは私の個人的な意見ですが、そうなってしまうといろいろな技術革新のようなものが起こりにくいのではないか。やはり民間事業者がいろいろな工夫をするから、電子マネーの使い勝手のよさなどいろいろなものをやっていく。できるだけ個人の消費者に近い部分は、そういう人たちに工夫をさせたほうがいいだろうと思います。
それから、直接発行にした場合、間接金融のあり方が今までと違ったものになってしまうので、そこをどう考えるかということ。それから、個人のアカウントを中央銀行が管理するとすれば、そこのセキュリティ・レベルも考えないといけないので、そこをどう考えるかということ。
このようにいろいろ課題があるので、人によって意見は違うかもしれませんが、私としては全ての電子マネーを中央銀行発行に置き換えるというのは現実的ではないのではないか、と思っているということです。
●電子マネーによる給与振込になることのインパクト
柳川 その上で、今の状況と大きく変わってくる可能性があるのか、ということでいくと、今少し議論されているのは給与振込についてです。今のやり方は、銀行口座にまず入れるか、あるいは現金でもらうわけですが、給与振込を直接電子マネーで入れるようにしようという話があります。
これは、今の中央銀行デジタル通貨や電子マネーにとってかなりインパクトを与える可能性があります。こうすると、全てが電子マネーで完結してしまうからです。
一番分かりやすいのは給与を現金で受け取る場合、そこで日銀券を得て、日銀券を得た人がチャージをしに行くことになるわけです。もしも日銀券が使われないとすると、チャージした金額分の電子マネーが貯まります。そうすると、完全に日銀券が使われない世界でモノの取引が行われていくことになります。また銀行振込でなくなれば、銀行を通さない形で、支払いが行われることになります。
これが間接発行型の元で行われるとすると、結局誰が電子マネー取引のやり取りをするのかというところが変わってくる可能性があります。そこは、間接発行の世界であっても、誰がタッチするのか、誰が関与するのかということ自体を大きく変える可能性があるということです。
●銀行を通さずに給料が手に入ることも
―― 例えば企業に新入社員が入社した場合に、従来からよく言われるのが「この銀行で口座をつくりなさい」ということです。そうやって作った口座に、会社から給与が振り込まれるというのが多いパターンです。それが今度からデジタル通貨(電子マネー)になると仮定すると、これは銀行を通さないということでしょうか。そこはどういうイメージなのでしょう。
柳川 どういう形で認めるかにもよるのですが、銀行を通さない形になり得るということですね。
今の仕組みだと、多くは銀行預金か日銀券です。つまりこの二つがマネーのカテゴリーに入っているわけです。この二つを通す形になっていて、そこからはそれを担保にしたデジタル情報でやり取りして、銀行口座へ落としていくなり、現金が増えたり減ったりするということが起きるという形です。
具体例を挙げるのが適切かどうか分かりませんが、例えばもしそれをYahoo!のPayPayアカウントに入れるということになると、一切現金や銀行預金が動かないことになります。PayPayアカウント上で取引が行われることになれば、PayPayアカウントのようなことをマネーのカテゴリーに入れたほうがいいのではないか、貨幣供給(マネーサプライ)の中に入れたほうがいいのではないかという議論は、当然出てくると思います。そのことが与えるインパクトは、結構大きいかもしれないということですね。