●強まる西洋的な価値観と変遷し衰えた吉原文化
―― 現代の日本人が江戸時代の、例えば吉原の文化を見るときに、(その見方は)どうしても明治以降のヨーロッパのキリスト教による影響(がぬぐえない)。イギリスのビクトリア朝道徳というか、そういうフィルターを一回くぐった後で見ている。それはヨーロッパ人と同じ見方ではないのでしょうが、江戸人と同じ見方は、もはやできなくなっているということがあると思います。
そのあたり、当時に帰って当時の価値観で考えてみる、そうした価値観の多様性をどう捉えるかというのは、先生がおっしゃったように、今後非常に大きなテーマになってくると思います。
本村 そうですね。日本は、明治以降ヨーロッパの影響を受けてきましたが、結局現在に至るまで人口の1パーセントもクリスチャンにならなかったという経緯があります。そういう意味では、キリスト教的な価値観をみんなが身につけているわけではありません。
しかし、近代になるといろいろな意味で、近代思想の中にはキリスト教的なものが入り込んでいます。だから、直接宗教的な意味ではなくても、キリスト教的な考え方の洗礼を明治以降の日本人は非常に受けているということはある。そういう目で見ると、日本人は今かえって江戸時代のことなどを素直に見られないような立場になっている。それは、おっしゃる通りだと思います。
―― 吉原自体が(経済的に)厳しくなってしまって、かつてのように車1台分のお金をかけるような世界でなくなったこともあるのでしょうが、幕末から明治以降になってくると、だんだん先ほど申し上げた「苦界」色が濃くなります。現実問題として、遊女の人々が大変な状況に追い込まれることも多くなり、そういう色彩が強くなるわけです。これも、ある意味では、文化や道徳が変わっていったことによる一つの結果ということになるかもしれませんね。
本村 そうですね。やはり、どうしても西洋的な価値観が強くなってきたので、完全にそうだと思います。もちろん昭和30年ぐらいまでは「赤線」という公認された形で残っていきはします。でも、それは「遊女文化」というようなものではなく、本当に人類史の中で普遍的にあるような、ごく小規模な形のものになったのではないかと思います。
●価値観の時代性と不倫騒動
―― そういう意味ではまさに文化と一緒で、特にこのジャンルというのは非常に世につれて変遷していくようなものなのだろうと思います。吉原文化ということを考えるにしても、今の基準から見るのではなく、例えば江戸の基準でどう考えるか。あるいはローマの社会を考えるに当たっても、一神教の前の多神教だった時代のローマはどうだったのか。言ってみれば心の価値観である基準値を変えて見てみないと、本当のことというのは見えてこないかもしれないですね。
本村 そうですよね。だから、歴史を見るときに現代の価値観から全てを裁くと、この人は男女差別があるからよくない、ということになる。今はジェンダーフリーや男女平等の意識が非常に強くなっています。現代から江戸なり古代ローマなりを見ると、「こんなに立派なことを言っている人が、結局こんなものでしかない」というようなことを言いがちです。
しかし、それは次のステップです。 「では、あなたがその時代に生きていたら、今のようなことを言えるのか」ということを、まず同時代の価値観で見たときに押さえた上で(考えてみる)。自分が今、口にしている「ジェンダーフリー」や「男女平等」といった価値観は、あくまでも20世紀のこと(日本であれば、女性が参政権をもらうのは戦後のこと)です。
そのように考えていくと、今の価値観から「この人はすごい」とか、「この人はえらい人だけど、たいしたことがない」というのではなく、そのことを自分でも意識して言ったほうがいいのではないか。ともすると、自分でもそれを自覚しないままではないかという発言が、往々にしてあります。
―― それはおそらく例えば側室を持つ文化や大奥的な文化、商人でいうとお妾さんの文化というようなものに対しても、おそらくそうですね。江戸時代なり戦国時代なりの目で見るか、今の目で見るかで、まったく価値観が違ってきますね。
本村 だから、イスラム教などで「四人までは妻帯を認める」と言っても、結局それなりに経済的に豊かでないと、それはできないわけです。それを最初から排除するというよりも、むしろそこのところは公認しておいたほうがスムーズに行くだろうというようなことではないかと思います。
今の日本においても、建前上は一夫一婦制ですが、いろいろな週刊誌などを不倫騒動が賑わしている。それは結局、そういうことがあるから起こってきているということで、なかなか法律で決めてもそうはいかないという、一つの...