●一生懸命だけじゃない!現代の「粋」を野球の楽しみ方で体現する大谷翔平
―― ところで、先生。現代において「粋」というのはどういう見せ方をするべきものだと思いますか。
本村 やはり私は、遊び心というものが非常に大切なのではないかと (思います)。つまり、何かに一生懸命というのは大事なことですけれども、なりふりかまわずそれになっているというよりも(ということで)、大谷翔平(選手)を見ていると、彼にはそういうところがあるのではないかと。つまり、ピッチャーとホームラン王争いをするような、二つのものを自分の中に持っているとき、これは普通に考えれば、当然どちらかに専念したほうがいいわけですけれども、彼の中にはおそらく何かを極めたいというより、野球を楽しんでいるのではないか。 野球を楽しむには、実際彼がやっているように投げて、打って、盗塁もする。そういう野球の楽しさを自分のできるかぎりやっている。そういう楽しみ方や遊び心がある(のでしょう)。
それから、彼の言ったせりふ(発言)で私が非常に驚いたのは、「二刀流をやっていくことができなくなったら、どうするのですか」と訊かれた時の返答です。彼は「ぼくが辞めればいいのです」と言っていました。そうなったときには、あっさり野球を辞めればいい、と。
そこに彼なりの、野球をどこかで楽しんでいる姿勢、自分はこれで楽しんでいるのだから、他の人からどうこう言われることではないという(部分が感じられました)。自分がやっていることをどこかで遊んでいられるようなところがあるのです。
―― やはり遊ぶ心と、何が楽しいかを自分が決めるというところが大事なのでしょうね。
本村 そうですね。やはり自分が大事だし、そのことは一生懸命やるのだけれど、100パーセントなりふりかまわずそれだけを見ているというのではなく、どこかにそういう物事を楽しんでいる自分なり部分がないと。
世界史上のいろいろな人物を見ても、アレキサンダー大王、カエサルなどのような人たちは、どこかにそういう余裕があったのではないかと思います。
―― よく、いわゆる遊ぶことではなく、余裕の部分を「あそび」ということがあります。そういう意味での「あそび」を持っているというか、そういうところですね。
本村 そうですね。そういう部分を持っていないと何事においても、大成しないというようなことがあるのではないかと思います。
●物質的豊かさと人々との交流が生む精神のゆとり
―― 江戸とローマで「粋」というものがなぜ出てきたかというか、なぜ江戸とローマにそういう土壌があったのかというところですが、先生はどのようにご覧になりますか。
本村 それはやはり、もう何度も言っているように、ある種の文化の爛熟期であるということでしょう。ローマの場合、一つには物質的に非常に豊かになってきて、属州からたくさんのものが集まったりしていました。
それから、これは江戸などもそうなのでしょうが、ローマ人というのは基本的にいろいろなものを、特にギリシア人から学んでいます。ギリシアから学ぼうとして一生懸命になっているわけですが、とうとう最後までいろいろと追いつかない。学問の中心はローマ時代もギリシアだったのです。
ところが、だんだん帝政期が進んでくると、ローマ独自の文芸として、いつかお話ししたように、いわゆる「サトゥラェ(諷刺詩)」が出てきました。これはギリシアにはなかったものです。
諷刺詩というのは、かなり自虐的あるいは自嘲的に自分のことや周りのことをうたうわけですが、社会的な余裕が出てこないと、周りや自分を風刺したりすることは、なかなかできない。そういう諷刺詩が出てきたのはやはりローマであって、ローマ帝国の一世紀から二世紀にかけての時代です。
江戸においても、川柳や狂歌は諷刺に近い部分ですが、俳句の場合はもっと洗練されていて、風流な中にも滑稽味と洒脱味があるものとして出てきます。このような日本独自の「粋」さを感じさせるものは、やはり江戸になってから出てきたのではないでしょうか。
そのように、自分や社会をちょっと突き放して考えられる。その(要因の)一つには、ある程度の物質的な豊かさもあるし、それから人々の交流もある。自分たちだけしか見ていないのではなく、周りの人たちがいる。
日本の場合、江戸にいれば各地から参勤交代でいろいろな国の連中が集まり、情報も集まってきた。ローマも、参勤交代こそありませんが、そういう情報の多様化、いろいろな人々を見る中で、物が豊かになり、人の交流が盛んになって、多彩な人を見ることによって、自分の特徴というか自分も突き放して(見ることができるようになった)。
●グローバリゼーションと「粋」――自分を突き放して考えるために
本村...