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前衛のハマス、後衛のガザ市民?…聞こえてこない住民の声

パレスチナ問題…解決への道(2)聞こえないガザ市民の声と悲劇の本質

山内昌之
東京大学名誉教授/歴史学者/武蔵野大学国際総合研究所客員教授
情報・テキスト
ガザの悲劇を報道する記事や映像に、被害者であるガザ市民の声が含まれることはまれだ。ハマスに賛同して共闘をも覚悟する人からハマスの政治・軍事責任を厳しく追及すべきと考える人まで、多様な声が聞こえてこない。それは取材の不徹底によるものなのか、それとも言論統制の由々しき事態が起きているのか。多様性の許されない環境に潜むガザの悲劇の本質に迫る。(全5話中第2話)
時間:12:11
収録日:2023/12/11
追加日:2024/01/22
カテゴリー:
≪全文≫

●ハマスの攻撃の裏に隠されたガザ市民の声


 皆さんこんにちは。今、パレスチナ地区のガザ地域で起きている悲劇について、識者の中には精密な空爆や特殊部隊にたよって厳密に考えれば、市民を攻撃しなくても済むのではないか、あるいは市民を攻撃するべきではないというまことにもっともな意見、考え方も出ているわけですが、なかなかこれは(うまくいかない。)ガザというすこぶる人口密度が高く、東京都の区部全体にも満たない狭い地域においては、必ずしも円滑にいくとは限らないということが、今回の悲劇を生み出しているわけです。

 そもそもガザ市民とハマス、一般住民とハマスの活動家をどのようにして区別するのかというのが、なかなか難しい問題です。ハマスは、かつての毛沢東風にいえば「人民の大海」、人民の大きな海の中に隠れ、そしてときには人民と一体化して戦っているわけです。

 あるときには人民の大海に隠れながら、そしてあるときには「人民と一体化している」ということをいいながら、住民の一部を巻き込む形で戦うことも辞さなかった。そういう歴史的なかつての光景を目に浮かべることもできます。

 (それが)日本や欧米において伝わってこない、ともすればわれわれに理解できないのは、ハマスの戦術がそもそも戦闘員と非戦闘員の区別を曖昧にしてイスラエルの攻撃をしばしば誘発し、あるいはイスラエルの攻撃を招いても仕方のないような戦術ないし思惑を取っているということです。

 これについて、一般のガザ市民はどう考えているのか。そういうことが、少なくとも日本の報道者たちは、私の知る限り分析していないのではないかと思えてならないのです。

 一般市民があれだけ犠牲として戦火に巻き込まれているならば、そういう戦火を招いた主体として「イスラエル軍が悪い」というのは当然ですが、そもそもそれを挑発的に招いたハマスの責任やその動きをどう考えるのか。これは何も性急に批判するとか賛成するというような問題ではなく、また「立場・党派性を明らかにしろ」というところに直ちに行き着く問題でもありません。

 そうではなく、批判的な意見やハマスの攻撃に対して攻撃的な意見といった多様な意見がそもそも最初においてはあったはずです。しかし、そうしたことを取材して考えていくという多様性が、ハマスのああいう目立った攻撃をもとに消されてしまい、ガザ市民の本当の声が聞こえてこなかったという事実があります。

 そもそも自らもパレスチナ人ですから、自分がパレスチナの戦士としてハマスとともにイスラエルを迎撃するのは当然だと考える立場はあり得ることだと思います。あるいは、ハマスが統治責任を持ちながら、それを放棄して革命家あるいはイスラム原理主義者、武装闘争派の戦いとして、イスラエルの報復攻撃を誘発しても仕方ないのだというハマスの立場、あるいはそれによるテロ攻撃をイスラエル市民にかけたのは全く行き過ぎだと批判する人も、当然ガザの市民の中にはあり得たはずです。

 しかし、そうした声がいずれも聞こえてこない。あるいはイスラム過激派武装組織・イスラム原理主義の武装闘争派の意思としてのハマスには懐疑的であっても、民族的な抵抗組織として、ある種の代表をしているのだから、そのハマスに対しては敬意を払うべきである、自らは、その支持者として見ているという考え方もあり得るわけです。


●ガザ市民は「後衛」、ハマスは「前衛」なのか


 もう一つ気がつくこととして、ロシアのボリシェヴィキの組織に関わる原理から少し考えてみたいと思います。

 ロシアのボリシェヴィキの組織論に関しては、有名なレーニンの『何をなすべきか』という著作があります。もしハマスを『何をなすべきか』における「前衛としてのハマス」になぞらえるとすれば、ガザの住民については「後衛(後ろの番)としてのガザ住民」という構図が当てはまるわけです。

 常識的に考えるならば、ガザの住民たちは自らをこうした塗炭の苦しみに追い込んだイスラエル国防軍の無差別攻撃を当然批判する。それに対して嫌悪感を催すのは当然ですが、同時に、テロと戦争の応酬に市民を引っ張り込んだハマスへの怨恨や憎悪もあるはずです。しかし、(2023年)12月10日現在、それは表になかなか濃厚には出てきていないように思われます。

 それは、なぜなのか。すなわちハマスの、ある意味で徹底した前衛主義、そして市民というものをそれに続くものとして「従属するのが当たり前」と考える前衛主義的な思考法が、ハマスの中にあるのかどうか。それについて私は大いにあり得るのだと思います。

 一つには、ハマス以外に異論を認めない長年の統治の下で、教育から医療の各領域にハマスの影響力とハマスの透過性が及んでいるということを見なければなりません。

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