●農業改革の背景にある自民党の票田政策
アベノミクスの成長戦略を推進するにあたり、最大の岩盤は農業です。ここに、官房長官の菅義偉さんがものすごい力を発揮したと思います。
今、安倍政権の農業改革は、大きく見て三つのポイントがあるのです。一つは、減反政策の廃止。もう一つは、農協の改革。そして、あと一つが、農地の改革です。これにはどのような意味があるのか、少し背景を説明します。
日本の農業は今、国際的に競争力がなく、本当にひどいということになっていますが、これは実は、戦後改革が全部裏目に出ているのです。戦後改革で、地主をなくして、小作農を皆、自作農にして、非常に小規模な農家がたくさん現れました。これが自民党の票田になったのです。この票田は、終戦直後は1500万票以上あったのです。自民党は、この票田を基盤にしてできたような政党ですから、票田は減らしたくないのです。
しかし、生産性を向上させようとすると、総農地面積は変わらないのに、農家一戸当たりの規模を拡大することとなり、農家戸数が減ってしまいます。なので、あえて生産性を向上させなかったのです。
ただ、そうすると都会はどんどん所得が上がるのに、農村は上がりませんから、農村は怒ります。この怒りを鎮めるために、米価の政治決定をやったわけです。つまり、春闘と同じように、生産性の全く上がらないお米の価格を40年間引き上げ続けた。そうして、米価が国際価格の20倍ぐらいになってしまったのです。
結局、農村は自民党の票田対策の犠牲者です。当時から、社会状況は大きく変わったわけですが、本当の犠牲者は今、農村にいるのです。実を言うと、こうなった諸悪の根源は自民党なのです。票田、稲の田ではなくて、票の田。そのように農村を使ったのです。
●農村の生産性向上の機会を奪った減反政策
さすがに政治米価決定は廃止されましたが、価格がある程度自由に決まるようになった時に、大問題が見えてきました。国民がお米を食べなくなったのです。現在、戦前に比べると、国民の食べるお米の量は3分の1ぐらいです。年配の方はよくご存知だと思いますが、昔は日の丸弁当やドカベンなどというのがあったのですね。たくさんの白飯の真ん中に梅干しが一つあるだけの弁当です。今、そのような弁当はありませんからね。
米の消費量は本当に減ったのです。需要が減るので、価格は下がります。そうすると農村はやっていけなくなりますので、減反をする、作付けさせない。作付けさせなければ所得は得られない。その得べかりし所得は、なんと政府が補償してしまうのです。3年前のことですが、減反補償に6800億円も使っているのです。米から何から日本の穀物を全部売っても2兆円にしかならないのに、一体政府は、何をやっているのだ、ということです。明らかに矛盾していますね。
その減反をすることによって、政策的に、意図的に米の価格が維持されるでしょう。経済が自由競争だと価格は下がりますから、その中で生き抜いていくには、生産性を上げるという死に物狂いの戦いを、実は農村はしなければいけないのです。ですが、減反をするということは、農村にそういう戦い、競争をさせないようにしたのです。この構図を変えるというのはタブーなのです。
●減反政策見直しに手腕を発揮した菅官房長官
しかし、これを変えよう、ということを3年ぐらい前から安倍政権は考えており、2年ほど前に第二次内閣改造を見送った時に、実は、この農業関係の委員会(農林部会)の会長、副会長の人事を、全て菅さんが変えて、なんと経産省出身の人が会長になったのです。それから、西川公也さんという、もともとは米価維持に熱心だった議員の方がいるのですが、落選後、考え方が180度変わって自由解放派になりました。その後、第二次安倍内閣で農林水産大臣をやられて、安倍政権もこの方を高く評価して、第三次内閣でも再任されています。
このように、減反政策見直しについてはいろいろなことが起きまして、これを忍耐強く進めてきたのが菅さんです。菅さんという方は、秋田県の農家の息子で、高校卒業後、大学には行かずに上京して、昼は働きながら夜学で法政大学を受けたのです。その後、当時、衆議院議員だった小此木彦三郎さんに認められて、秘書をずっと務めた後、今のように出世した人なので、猛烈な苦労人ですし、静かな人で迫力が違いますね。
減反政策見直しについては、菅さんが外堀も内堀も全部埋めておいて、1年半前の2013年10月に、林芳正農林水産大臣が、「5年後に減反を廃止する」と表明しました。これはもう、菅さんが外堀も内堀も埋めていたので、誰も反対意見は言えなくなったのです。
●農協改革の要となる三つの全国事業
次の農業改革のポイントは、...