書くという行為は自分と出会うチャンスである。そう考える中島氏は、書くという行為をダンスに喩え、単に踊って終わりという目的達成のためではなく、いつどこで踊り終えてもいいそのプロセス自体が貴重なプロセスだという。ではそうした行為は、AIの手を借りることによってどうなるか。アリストテレスの言葉を引用しながら、AIとの違いについて語る。(2025年7月12日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第4話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●文章を書くとき、書いているプロセス自体が貴重なプロセス
―― このあたりは、まさに人間が考えるとはどういうことなのかとか、AIは当然要約とかをしてくるのは本当に得意だと思いますから、きれいな文章にサラサラッとやってくれます。この講義の前にも事務局の方に少し言われたのですが、「なるべく皆さんの課題で、生成AIは使わないと指導しています」ということをお聞きしました。たぶんそうなのだろうとは思いますが、自分でレポートを書くこととChatGPTにまとめさせることは全然違うということですね。
中島 まったく違います。
―― ただ、(AIを)使うと便利ということもありますね。
中島 もちろんです。
―― これ(AI)は、人間としてはどのように共存していくべきなのですか。
中島 例えば、非常に定型的な書類があります。あのようなものは生成AIが得意だと思います。そういうものはどんどんやらせていったほうが時間の節約にもなります。いちいち人間が手入力して、同じような書類をたくさん書くわけです。私などもそのようなことばかり日々やっているのですが、そこから解放されます。その代わり、人間はもうちょっとクリエイティブなことにエネルギーを割くべきではないか、という気がしているのです。
例えば、皆さんが文章を書きますね。文章を書くときに、考えたことを文章にしているわけではないのです。そんな器用な人はあまりいません。そうではなくて、自分が何か言葉を書いてみて、その言葉と対話しながら、「あれ? 何でこんな言葉を書いちゃったんだろう?」「これはどう展開するのかな?」「こっちにもあっちにも行きそうだけど、でもどっちを私は選ぶかな?」と、そういう選択、判断を常に迫られて、文章をなんとか書いているわけです。
しかし、その行き先は分からないのです。書き終わらないと。でも、この書いているプロセス自体が、皆さんにとってどれだけ貴重なプロセスかということなのです。AIは、もうパッと最後まで見渡して、できてしまうわけです。何文字でやりなさいと言ったら、何文字でできるわけです。でも皆さんがやっているのはそうではなくて、これからどうなっていくか分からない偶然性にさらされながら、ずっと文字を書いているのです。
●人生はエネルゲイア――自分と出会うチャンスを放棄してはもったいない
中島 書くという行為は、ある種のダン...