人間が成すべき知的営みとは、“言語に無理強いをする”ことによって新しい概念を生み出して世界の見え方そのものを更新していくことだという中島氏。そこで「Human Co-becoming」、すなわち他者や環境との関わりの中で人間的になっていくプロセスを提示している。いったいどういうことなのか。イスラーム研究者・井筒俊彦氏の話などを交えながら解説する。(2025年7月12日開催:早稲田大学Life Redesign College〈LRC〉講座より、全7話中第3話)
※司会者:川上達史(テンミニッツ・アカデミー編集長)
≪全文≫
●耳障りな言葉に新しい概念を発明するチャンスがある
―― ちょうど今、大学受験の比喩が出てきましたけれど、中島先生はもちろん、その大学受験の上を超えた学問ですね。当然、大学受験に出るものは、今の有力説に基づいたものが穴埋め問題で出てくるというところですけれど、研究者として、その新しい概念なり、未来の概念というものはこういうものではないかということで、研究を進めてこられていると思います。
まさにそういうプロセスというか、そういう知的な営みというものが、このAI時代においては人間が成していくべきものだと思うのですけれど、先ほど教えていただいた、対話というか論争的な方法論もあると思いますが、そのために人間としてやるべきこと、どういうものが必要かということについてはいかがですか。
中島 ありがとうございます。やはり、学問という現場にいますと、新しい概念を発明することはとても大事です。そして新しい概念ができると、今までの世界のパースペクティブ(考え方、見方)が変わってしまうのです。まったく新しい様相で世界が見えてくる。そういう局面があるわけです。そういう発明というものが、文系・理系を問わず絶対に必要だという気がしているのです。
例えば最近、私は、「Human Co-becoming」という言葉を口にするようにしています。Human Co-becoming、人間は他者とともに人間的になっていくプロセスにあるという意味です。英語としても、これは非常に耳障りな言葉なのです。この耳障りというものがポイントなのです。
私は、言語に無理強いをすることによって、何か新しい概念が発明されることが、とても大事だと思っているわけです。ですから、意味がサラサラサラッと通るようなことが大事なのではなく、詰まってしまうこと、「あれ? 何か引っかかる」、ここにある種の新しい概念のチャンスがあるのではないかと思います。
●私たちは西洋的な存在神学から出るべきではないか
中島 例えば、かつてイスラームの研究をしていた井筒俊彦という先生がいらっしゃいましたが、井筒さんはこう言ったのです。「普通はね、『花が存在する』と言うだろ。それは間違いだ」と言うのです。「違う。『存在が花する』と言え」と。そのようなことは誰も考えつかない。存在が花する。「花する」は日本語として間違っています。でも、井筒さんは自分の存在神学というも...