板東洋介

板東洋介

ばんどうようすけ

東京大学大学院人文社会系研究科 准教授
1984年、兵庫県に生まれる。2012年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。皇学館大学文学部准教授、筑波大学人文社会系准教授などを経て、現在、東京大学大学院人文社会系研究科准教授。専門は日本倫理思想史。
著書に『徂徠学派から国学へ 表現する人間』(ぺりかん社、第41回サントリー学芸賞、第14回日本思想史学会奨励賞)。
論文に「和歌・物語の倫理的意義について――本居宣長の「もののあはれ」論を手がかりに」(『倫理学年報』59集、日本倫理学会和辻賞)、「江戸の情炎――近世日本における「恋」の諸相」(『Nyx』02)、「『源氏物語』享受の論理と倫理」(『季刊日本思想史』80号)など。
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逆境に対峙する哲学 (全10話・8話配信中)

鼎談 | 津崎良典/五十嵐沙千子/板東洋介
収録日:2025/07/24
追加日:2025/12/19

逆境にどう対峙するか…西洋哲学×東洋哲学で問う知的ライブ

逆境に対峙する哲学(1)日常性が「破れ」て思考が始まる

追加日:2025/12/19
「逆境とは何に逆らうことなのか」「人はそもそも逆境でしか思考しないのではないか」――哲学者鼎談のテーマは「逆境に対峙する哲学」だったが、冒頭からまさに根源的な問いが続いていく。ヨーロッパ近世、ヨーロッパ現代、日本と東洋...

「私をお母さんと呼ばないで」…突然訪れる逆境の意味

逆境に対峙する哲学(2)運命・世界・他者

追加日:2025/12/20
西洋には逆境は神が与える運命という考え方があり、その運命をいかに克服するかを考えたのがストア派だった。しかし、神道が説くように「ヒトもカミ」であれば、それに気づく瞬間は逆境の中にこそ存在するはずである。「他者である世...

武士道に学ぶ自己訓育――幻想としての順境に抗するために

逆境に対峙する哲学(3)修行・物語・語りの転換

追加日:2025/12/26
世界という他者への希望的観測を抑止するために宗教は自己訓育を行い、武士は「武士道」を、ストア派は「災厄の予期」を実践してきた。それは、ありふれた現実である逆境に対する物語や語りの転換とも言える。われわれが逆境と捉える...

天譴説という儒教の知恵――統治のあり方を点検するために

逆境に対峙する哲学(4)アサガオが枯れた話と天譴説

追加日:2025/12/27
自分の逆境を受け止められない人に対して、津崎氏が示唆するのは「できること・できないこと」の境界を明確にすること。一方、五十嵐氏は起きた「コト」から主語を外すこと、板東氏は東洋古来の「天譴説」を持ち出し、偶然がもたらす...

大慈大悲の教え――なぜ仏像は怖い顔をしているのか

逆境に対峙する哲学(5)阿頼耶識・大慈大悲・大智

追加日:2026/01/02
唯識でいわれる阿頼耶識は人それぞれが持つ語りの集積であり、個人によって当然異なる。それが「空」で実体がないと気づくと、人との垣根は取り除かれる。境界に実体はないと知るのが「大智」で、全員を平等に愛するのが「大慈大悲」...

ネガティブ・ケイパビリティとは?信じて待つことの意味

逆境に対峙する哲学(6)分別からの超越

追加日:2026/01/03
分別からの超越は、仏教における第一義である。自他を分ける境界を取り払うと介護者と被介護者の関係性は反転し、与えている者が得ることも多い。危機を通じて関係性を紡ぎ直し、生まれ直すのも逆境の産物だ。それは「ネガティブ・ケ...

モンテーニュの告白「学が邪魔をすることがある」と百姓の力

逆境に対峙する哲学(7)試練と祟りと弱さの力

追加日:2026/01/09
西洋では逆境を神からの「試練」と捉えたが、神道では「祟り」と捉える。祟りに対しては下手の考え休むに似たり、儀式の中で和解するしかない。16世紀の哲学者モンテーニュは、ペストの流行や宗教戦争の中、たくましく生きる百姓たち...

宮本武蔵「型を捨てろ」と「守破離」が教えてくれること

逆境に対峙する哲学(8)白隠の覚悟

追加日:2026/01/10
18世紀の禅僧・白隠は画を用いて各地で民衆を教化した。民間への浸透ぶりを伝える逸話の一つに赤ん坊をめぐる話がある。修行を積んだ禅僧ですら予期しない逆境に出会う。エスカレートしていく状況のいちいちに彼は「ああ、そうか」と...

もののあはれと日本の道徳・倫理 (全4話)

収録日:2023/08/04
追加日:2024/01/18

本居宣長が考えた「もののあはれ」と倫理の基礎

もののあはれと日本の道徳・倫理(1)もののあはれへの共感と倫理

追加日:2024/01/18
『源氏物語』の本質は「もののあはれ」の一点に集約できると論じた18世紀の思想家・本居宣長。また、宣長はその「もののあはれ」こそが、日本人の道徳・倫理を基礎づけているとも指摘している。それはいったいどういうことなのか。今...

「道徳を語らない=道徳がない」ではない…本居宣長の反論

もののあはれと日本の道徳・倫理(2)日本に道徳はあるのか

追加日:2024/01/25
「もののあはれ」こそが日本の道徳の基盤にあると論じた本居宣長だが、その議論は、道徳が語られなかった日本には道徳が存在しないという、宣長より少し前の世代の儒者・太宰春台の主張に対する反論として展開された。そのような日本...

不倫へのバッシングを「もののあはれ」的にはどう考えるか

もののあはれと日本の道徳・倫理(3)「不倫の恋」ともののあはれ

追加日:2024/02/01
『源氏物語』で描かれる恋愛の中心は「不倫の恋」である。インモラル(不道徳)ともいわれるその物語に、「もののあはれ」という倫理の基礎を見いだした本居宣長。そこには、切実な「あはれ」を歌や物語といった芸術的にものに描写す...

「なあなあ」と自粛警察…大和魂と漢才の対から見えるもの

もののあはれと日本の道徳・倫理(4)「なあなあ」の日本ともののあわれ

追加日:2024/02/08
日本は「なあなあ」でいい――本居宣長は、人それぞれにある切実な「あはれ」に共感し、不道徳な思いをある程度許容することが日本的な道徳であると説いたが、今回取り上げる考え方がこの「なあなあ」である。表立ったルールではなく、...

『源氏物語』ともののあはれ (全5話)

収録日:2023/08/04
追加日:2023/11/02

『源氏物語』の謎…なぜ藤壺とのスキャンダルが話のコアに?

『源氏物語』ともののあはれ(1)雅な『源氏物語』の再発見

追加日:2023/11/02
紫式部が著した『源氏物語』は、日本最大の古典文学として、長らく日本人に読み継がれてきた。しかし、その物語は、世に出た当初から高い評価を得ていたわけではなく、本居宣長をはじめ、さまざまな解釈をされてきた。そこで今回は、...

光源氏の恋の動機…母の喪失と満たされない思い

『源氏物語』ともののあはれ(2)光源氏の喪失感と許されぬ恋

追加日:2023/11/09
当時からして多分にスキャンダラスな内容が綴られた『源氏物語』。主人公である光源氏は、なぜ禁忌とされる義母との恋に突き進んだのか。そこには幼くして母を亡くした光源氏の満たされない思いがあった。『源氏物語』の本文を参照し...

本居宣長が喝破!『源氏物語』と和歌は本質的に同じ

『源氏物語』ともののあはれ(3)『源氏物語』の本質と本居宣長の画期

追加日:2023/11/16
光源氏の禁忌的な恋を描いた『源氏物語』。その物語を、日本の知識人はどのように理解し、批評してきたのだろうか。儒教や仏教の宗教的な教訓に導くことにその意義を見いだした言説が優勢な中で、「もののあはれ」、その深い感動こそ...

本居宣長の説く「もののあはれ」の意味…心の動きとため息

『源氏物語』ともののあはれ(4)「もののあはれ」とは何か

追加日:2023/11/23
本居宣長は、歌も物語もその本質は「あはれ」というひと言で説明できると説いたわけだが、では「もののあはれ」とはいったいどのようなものなのか。また、なぜ宣長は「あはれ」に着目したのか。友人からの問いかけから始まったという...

欲と情――「もののあはれ」を二分する本居宣長の議論とは

『源氏物語』ともののあはれ(5)「欲」のあはれと「情」のあはれ

追加日:2023/11/30
「もののあはれ」の原理的探究を行った本居宣長。『源氏物語』の「あはれ」を理解するには、宣長の「あはれ」論への理解が欠かせない。『排蘆小船(あしわけのおぶね)』『石上私淑言』『源氏物語玉の小櫛』『紫文要領』といった宣長...

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