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DATE/ 2017.08.09

心や体の不調には「微生物」が影響していた?

 人は誰もが自分のことは自分でコントロールしていると思い込んでいます。自分で考え、自分で判断するからこそ、結果の責任も自分にあると考えます。自由意志と自己責任は、法体系の土台にもなっています。

 ところが、最新科学はこうした常識が必ずしも正しくはないことを明らかにしつつあります。話題の書『あなたの体は9割が細菌』や『心を操る寄生生物』によると、私たちの人体内は微生物が細胞の90%も占めており、その微生物たちが体にも心にも影響を与えているのだそうです。

 つまり、生物学的には私たちの体のほとんどは微生物で、ヒトの部分はたったの10%しかなく、私たちの健康や自分で思考・判断・行動したと思っていることが、実は微生物たちのしわざかもしれないということなのです。

腸内の100兆個の微生物たち

 腸には100兆個の微生物たちが生息しています。微生物は腸のために尽くし、ヒトの腸は微生物のために尽くすという共生関係を保っています。

 ちなみに、盲腸から垂れ下がる虫垂が微生物共同体の心臓部です。よく虫垂(盲腸)は役に立たないと言われ、虫垂炎(盲腸炎)になると切除されてしまいますが、実は免疫系に必須の部位で、微生物共同体を守り、育て、情報を伝達し合っている大切な器官なのだそうです。

 体内で免疫細胞が一番集まっている場所も腸です。そのため、腸の状態が健康に大きく作用します。したがって、腸内の微生物共同体の異変は、健康上のさまざまな問題を引き起こします。『あなたの体は9割が細菌』の著者アランナ・コリン氏は、微生物と肥満やアレルギーとの関係も指摘しています。

うつ病、自閉症、ADHD、認知症

 驚くべきは微生物が心にまで影響を与えるということです。その秘密も腸内微生物にあります。腸内微生物は私たちの感情を調整するほとんどすべての神経伝達物質やホルモンを大量に生産する役割を果たしています。要するに、腸と脳は微生物を介してつながっているわけです。

 このように、微生物は体の健康だけではなく、心の健康も左右し、アランナ・コリン氏は、微生物の生態系の崩壊が、うつ病、自閉症、ADHD、強迫性障害、認知症などとも関係している可能性があると述べています。

 『心を操る寄生生物』の著者キャスリン・マコーリフ氏は、心まで操ってしまう微生物たちについて「マインドコントロールの達人」と表現しています。

ネコ派もイヌ派もご用心

 心を操る微生物について、具体例をあげると、たとえば世界中で3人に1人が感染していると言われるトキソプラズマ原虫。彼らは主にネコからヒトに感染し脳に住みつくのですが、これに感染すると人の気分や性格を変えてしまい、感染者は危険な行動をとったりしてしまうこともあるそうです。とくに男性は規則を破り、人と打ち解けず、交通事故にも遭いやすくなるとされています(反対に女性は、規則に従い、社交的になるとのこと)。それだけではなく、トキソプラズマ原虫の感染は統合失調症との関係も指摘されているのです。

 「私はイヌ派だから関係ない」と安心しているみなさんも、残念ながら注意が必要です。イヌからヒトの脳へと感染するトキソカラは脳内の記憶や学習にかかわる領域に影響を及ぼし、知的障害を起こすリスクがあることが分かっています。

 ここまで読むと、微生物に対して恐怖心や嫌悪感をもたれる方もいるかもしれませんが、あまり神経質にならないようにご注意ください。私たちは微生物と切っても切れない関係です。どんな時も彼らの影響を受け続けていることを知ったうえで、良い共生関係をつくっていくのかが大切です。

 そういう意味では、例えば、食事をするときは「腸内の微生物のために」とか、何かに成功したときは「微生物のおかげかも」とか、反対に失敗したときや悲しいときは「微生物のせいだ!」とか、冗談めかして考えると、ちょっとした心のサプリになるかもしれません。

<参考文献>
・『あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた』(アランナ・コリン著、翻訳:矢野 真千子、河出書房新社)
・『心を操る寄生生物 : 感情から文化・社会まで』(キャスリン・マコーリフ著、翻訳:西田美緒子、インターシフト [発売:合同出版])
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授