社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.08.24

『キリスト教における死と葬儀』から「看取り」を考える

「ホスピス」「終活」「看取り」の時代

 団塊の世代のすべての人が75歳以上の後期高齢者となる2025年、国民の3人に1人の65歳以上、5人に1人が75歳以上となると言われています。

 少子高齢化の進行とともに、昨今では「ホスピス」や「終活」、「看取り」と「看取られ」といった言葉がマスメディアやウェブ上で当たり前のように飛び交うようになり、これまではどちらかといえば話題にすることをタブーとされていた死を迎えるための方法が大きな関心を集めています。

「おくりびと」も「悼む人」も2008年

 すこし前のことになりますが、アカデミー賞を受賞し大きな話題を呼んだ滝田洋二郎監督の映画「おくりびと」では、まさに現代的な生と死の問題が取り上げられています。「おくりびと」の公開からまもなく、同じく死をテーマに描いた天童荒太氏の小説「悼む人」が直木賞を受賞しました。「悼む人」は2012年に舞台化、2015年に映画化されました。

 「おくりびと」も「悼む人」も、その公開がもしも「死」についての話題を控えることが当たり前だった時代なら、当時ほどの支持は得られなかったかもしれません。その意味で、死と向き合うことをテーマとした作品が同時に注目を集めたのは、「看取り」を考えるうえで非常に象徴的な出来事だったといえるでしょう。

看取るときこそ、あえてユーモアが必要

 「看取り」について、キリスト者(教徒)の立場から「実践的・牧師的な視点をもって、看取りや悼み、死の準備教育」について描かれている大変興味深い本があります。それは、『キリスト教における死と葬儀 現代の日本的霊性との出逢い』(石居基夫著、キリスト新聞社)という本で、先述した天童荒太氏との対談も収録されています。著者は、日本ルーテル神学校校長でルーテル学院大学教授の石居基夫氏です。

 同書では、実践的な視点が重視されているということで、キリスト教に普段あまり馴染みのない方にとってもヒントになることがたくさん書かれています。

 そもそもキリスト教はとても現実的で実践的な宗教でもあるのです。宗教改革を行った歴史的偉人ルターは、『死への準備についての説教』という本の出だしに、「財産は遺されたものにとって争いの種だから、適切に処分しておくように」と勧めています。説教のいちばんはじめにお金の話を書いているわけです。キリスト教というと、どうしても哲学や神学の難解な話を思い浮かべる人も少なくないかもしれませんが、そればかりではないのですね。

3つの看取りの作法

 石居氏は、看取りの作法として、大きく3つのことを提案しています。まず、一人で抱え込まずに、必要な時には介護や医療サービスなどの「社会的資源」を活用すること。

 2番目に、臓器提供や延命治療など最後の時の事柄について自分の意思をはっきりと示していくこと。これを「リビング・ウィル」というそうです。

 3番目が、「リビング・ウィル」とも通じることだと思いますが、自分が死を迎える時に何をしてほしいかを伝えるための「エンディング・ノート」を準備すること。

 また、デーケン神父という方の言葉を引用して、看取るときこそ、「あえて『笑う』ユーモアが必要だ」と述べています。これについて、キリスト教の教義と照らして、「ユーモアには、重たい現実から自分を離れさせる力があり、また笑いは何よりも人々に対する優しさと神の愛への信頼を表すことにもなる」とその理由を明らかにしています。

 「社会的資源」も「リビング・ウィル」も「エンディング・ノート」も「ユーモア」もとても具体的な提案ですね。「看取る」側にも「看取られる」側にもそうした準備は必要になってくるでしょう。そのためには、まず何よりも、問題を先送りせずに真摯に向き合おうとする姿勢が重要なのかもしれません。

<参考文献>
『キリスト教における死と葬儀 現代の日本的霊性との出逢い』
(石居基夫著、株式会社キリスト新聞社)
https://www.amazon.co.jp/dp/4873957052

<関連サイト>
石居基夫氏のブログ
https://mishii-luther-ac.blogspot.jp/

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?

「武器商人」となったアメリカ…ディール至上主義は失敗!?

戦争とディール~米露外交とロシア・ウクライナ戦争の行方

2025年8月、米露、米ウクライナ、EUの首脳会談が相次いで実現した。その成果だが、中でもロシアにとって大成功と呼べるものになった。ディール至上主義のトランプ政権を手玉に取ったロシアが狙う「ベルト要塞」とは何か。事実上...
収録日:2025/09/24
追加日:2025/12/21
東秀敏
米国大統領制兼議会制研究所(CSPC)上級フェロー
2

「私をお母さんと呼ばないで」…突然訪れた逆境の意味

「私をお母さんと呼ばないで」…突然訪れた逆境の意味

逆境に対峙する哲学(2)運命・世界・他者

西洋には逆境は神が与える運命という考え方があり、その運命をいかに克服するかを考えたのがストア派だった。しかし、神道が説くように「ヒトもカミ」であれば、それに気づく瞬間は逆境の中にこそ存在するはずである。「他者で...
収録日:2025/07/24
追加日:2025/12/20
3

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟の謎…明らかになった秀吉政権での秀長の役割

豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(1)史実としての豊臣兄弟と秀長の役割

豊臣と羽柴…二つの名前で語られる秀吉と秀長だが、その違いは何なのか。また、これまで秀長には秀吉の「補佐役」というイメージがあったが、史実ではどうなのか。実はこれまで伝えられてきた羽柴(豊臣)兄弟のエピソードにはか...
収録日:2025/10/20
追加日:2025/12/18
黒田基樹
駿河台大学法学部教授 日本史学博士
4

夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは

夜まとめて寝なくてもいい!?「分割睡眠」という方法とは

熟睡できる環境・習慣とは(4)起きているときを充実させるために

「腸脳相関」という言葉がある。健康には腸内環境が大切といわれるが、腸で重要な役割をしている物質が脳にも存在することが分かっている。「バランスの良い食事」が健康ひいては睡眠にも大切なのは、このためだ。人生は寝るた...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/12/14
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授
5

古き良きヨーロッパのキリスト教社会が克明にわかる名著

古き良きヨーロッパのキリスト教社会が克明にわかる名著

渡部昇一の「わが体験的キリスト教論」(1)古き良きキリスト教社会

渡部昇一氏には、若き頃に留学したドイツでの体験を記した『ドイツ留学記(上・下)』(講談社現代新書)という名著がある。1955年(昭和30年)から3年間、ドイツに留学した渡部昇一氏が、その留学で身近に接したヨーロッパ文明...
収録日:2021/08/06
追加日:2021/10/23
渡部玄一
チェロ奏者