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DATE/ 2017.09.13

『動く大地,住まいのかたち』著者が語るシチリアの秘密

 イタリア南部に位置し、観光地として高い人気を誇るシチリア島で、家がたったの1ユーロで買える「1ユーロハウス」というプロジェクトがあったことをご存知でしょうか。「1ユーロで家を買える」というキャッチコピーは、欧米を中心に世界中で大きな話題を呼びました。

 2014年の記事になりますが、ハフポストでは「イタリアで家を購入するなら、実は今はナイスタイミングかもしれません。現在南イタリアのシチリア州でなんと100円ぐらいで買うことができるんですから」と伝えています。

実質的にはおよそ30000ユーロ

 「1ユーロハウス」は、シチリアのサレミとガンジという地区で実施されました。2地区とも過疎地となっていたため、プロジェクトは街の再生のために行われたのです。

 ただし、注意しなければいけないのは、やはり1ユーロだけでは家を持つことはできないということです、なぜなら、購入する場合は、ある期間内にリフォームすることが条件とされているからです。ハフポストの記事によると、修復のためにはおよそ30000ユーロ(約3,800,000円)の費用がかかるとのこと。

 さらに、もうひとつ、知っておくべき情報があります。日本ではほとんど報道されていませんが、実は、プロジェクトを巡って、サレミではあるスキャンダルが起こりました。事件の詳細は『動く大地,住まいのかたち―プレート境界を旅する』(中谷礼仁著、岩波書店)に記されています。

マフィアに生かしてもらうか、闘うか

 シチリアと言えば、「マフィア」のゆかりの地としても知られています。映画「ゴッドファーザー」の舞台にもなっています。実はサレミでは、市長がプロジェクトを導入した背後にマフィアとの癒着あったことが取りざたされたのです。

 同書によると、スキャンダルの報道で、当時の市長スガルビは辞任に追い込まれました。「1ユーロハウス」プロジェクト自体は、「様々な査問を経て、新しい議会によって具体的な計画と不正を防止するための厳密な規則と手段を規定して復活した」ということです。

 同書には、シチリアとマフィアの関係について、「シチリアで生きる道は二つあるということ。マフィアに生かしてもらうか、闘うかってこと」というシチリア現地の女性による印象的な発言が記されています。

現場に行って自分で確かめることが大切

 『動く大地,住まいのかたち―プレート境界を旅する』に記されているのは、シチリアのことだけではありません。同書は、著者・中谷礼仁氏(早稲田大学理工学術院・創造理工学部建築学科教授)の旅の記録であり、中谷さんが旅したインド、ネパール、イラン、ギリシア、マルタ、トルコ、イタリア、シリア、チュニジア、モロッコ、インドネシアについて書かれています。

 「プレート境界を旅する」というサブタイトルにもあるように、これらの地域に共通するのは、ユーラシアプレートの境界に位置するということ、そして、古代文明の成立と関与しているという点です。旅のきっかけは、2011年3月11日の大震災だったと中谷氏は語っています。

 本書は建築論としてはもちろん、先述のようにシチリアのマフィアやチュニジアのジャスミン革命にも触れていてジャーナリズムとして読むことができます。また、各地の圧巻のカラー写真が豊富に掲載されており、「読む」だけではなく「見る」本としても優れています。

 同書を読んでいると、現地の生々しくてエネルギッシュな人と場所のパワーが強烈に伝わってきます。あらためて、百聞は一見にしかず、現場に行って自分で確かめることの大切さを実感しました。

 いま、世の中は情報で溢れています。それらに惑わされないためには、積極的に現場に足を運ぶべきでしょう。なお「1ユーロハウス」についても、もし興味があれば、一度はかならず自分の足と目で確かめてみてはいかがでしょうか。

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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授