テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.12.26

人類の最大にして永遠の課題~隣人を愛する

神への愛と隣人への愛

 「汝の隣人を愛せよ」。キリスト教信者でなくとも、このイエスの言葉を耳にしたことはあるでしょう。上智大学神学部教授でカトリック司祭の竹内修一氏は、この言葉こそがイエスの愛の本質を表していると言います。

 神の人間に対する愛は「アガペー」という言葉をもって示されます。愛することで相手からの見返りや利益を一切求めない、無償の愛、究極の愛です。この究極の愛に応えるには、人も全身全霊をもって愛することが必要なのですが、イエスはこの「神を愛すること」と「隣人を自分と同じように愛すること」は、本質的には一つのものだ、と説いているのです。

イエスが説いた最も重要な二つの掟

 このことを理解するために、竹内氏はマタイの福音書22章に出てくるファリサイ派の人々とイエスの対話を例にあげています。ファリサイ派には律法学者が多くおり、律法の掟を非常に重視していました。そのことが、えてしてどの人にも律法を厳格に順守することを求めることとなり、従って広く愛を説くイエスと対立しがちだったのです。

 ある時、ファリサイ派の一人がイエスに「律法の中で最も重要な掟は何か」と尋ねたところ、イエスは「第一に心を尽くして神を愛しなさい」、そして、「第二に隣人を自分のように愛しなさい」と答えました。「最も重要な掟」について聞かれたのですから、第一の答えだけでも事足りるのですが、イエスは第二の答えも差し出します。竹内氏はこのことをして、神への愛と隣人への愛は分けられない、一つのものだからだ、と意味づけます。

 この神への愛と隣人への愛、二つの愛が本質において一つであることは、イエスがその生涯を通して示したことです。目に見えない神をどう愛すればいいのか、と問われた時、イエスは目の前の隣人を愛すればよいと諭したのです。「目に見える兄弟を愛さない者が、どうやって目に見えない神を愛することができるだろうか」と、新約聖書「ヨハネの第一の手紙」にも書かれています。

隣人愛を説いたイエスと万民を等しく愛した光明皇后

 神を愛することは隣人を愛することと同一であり、われわれは隣人をわけ隔てなく愛さなければいけない。実は、ここで思い出される逸話があります。日本の奈良時代のことですが、このイエスの教えに相通じるものがあるのです。それは、仏教を深く信仰し、悲田院、施薬院といった福祉施設を創設した光明皇后(701~760)にまつわるものです。江戸浮世風呂というサイトによると、光明皇后は、奈良法華寺のからふろ(浴室)で千人の民の垢を洗い流す施浴を始めたのですが、最後の千人目は全身に膿をもつ病人でした。しかし、皇后は他の人と同様にその背中をきれいに洗い流して、ひどい膿も自らの口をもって吸いだしてやりました。その瞬間、病人は黄金の光を放つ如来に姿を変えてその場を立ち去った、という話です。

 国も、宗教も異なってはいますが、すべての人に等しく愛を持って接することが、結局は神、仏に通じることなのだということを、イエスの言葉も光明皇后の逸話も語っているように思います。

人類に与えられた永遠のテーマ

 しかし、人類の歴史に目をむければ、その始まりの時から戦争は繰り返され、絶えることはありません。無差別に人を傷つけるテロや核の脅威といった民族、国家間の問題から、政権抗争、生き馬の目を抜くかのようなビジネス戦争まで、人類の戦いは規模も種類も実にさまざまです。こうしてみると人間はなんと隣人を愛することが下手な生き物なのでしょう。だからこそ、「隣人を愛する、わけへだてなく愛する」ということは、宗教の枠を超えて、人類に与えられた永遠のテーマであり理想なのかもしれません。

<参考サイト>
・江戸浮世風呂:江戸の湯屋「光明皇后の施浴」
http://www17.plala.or.jp/nitakara-gura/yuya16.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム

「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
2

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発

日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
3

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉

現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
4

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家

数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

モンゴル帝国の世界史(2)チンギス・ハーンのカリスマ性

なぜモンゴルがあれほど大きな帝国を築くことができたのか。小さな部族出身のチンギス・ハーンは遊牧民の部族長たちに推されて、1206年にモンゴル帝国を建国する。その理由としていえるのは、チンギス・ハーンの圧倒的なカリス...
収録日:2022/10/05
追加日:2023/01/07
宮脇淳子
公益財団法人東洋文庫研究員