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DATE/ 2018.01.13

人とロボットの共生―日本ならではの未来像

 一般的には、融通がきかなかったり気持ちのこもっていない所作、ものごとの進め方を「機械的」「ロボットのよう」と表現したりしますが、東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻特任准教授・松尾豊氏による人工知能の話を聞いていると、このような表現もそのうち過去のものになるかもしれない、と思えてきます。それほど、人工知能の技術は進化してきているのです。

AIの進化は画像認識と運動の習熟が鍵

 では、AIの技術の進化とは端的に言えばどういうことなのか。松尾氏は画像認識レベルの向上と運動の習熟度のアップの2点を挙げています。

 この「認識」と「運動習熟」は関連しており、たとえば、部屋を掃除するにしても部屋の形、その都度異なる散らかり方を認識し、それに対してどのような順番、方法がいいかと判断して掃除する必要があります。コピーをとる場合は、コピー機の場所、紙の大きさ、判形に合わせた倍率等々の認識、判断が動作に伴います。あるいは、物流の現場でさまざまな種類の商品を一つの箱に詰め合わせるといった場合、形状、重量、硬軟によって、効率がよくて中身が壊れにくくするための詰め方は違ってきます。いずれも認識と運動の連動が必要な作業ですが、AI技術の進化により、このようなきめ細かな作業が自動化できるようになってきました。

 いわゆるディープラーニングをベースとする技術の進化により、人々の生活や仕事のシーンにAIが入りこんで馴染んでくる。松尾氏によれば、このような社会の到来がそこまで来ているのです。

進化に伴う新たな問題

 しかし、未知の可能性には、いつでも新たな種類の問題がつきものです。 松尾氏はAIの日常シーンへの進出により、倫理や社会制度の問題がいろいろ派生することを示唆しています。

 AIの進化の基本となる画像認識精度の向上を例にとれば、確かに街中のカメラで不審者の発見、身元の特定が容易となり、犯罪率の減少が期待できます。その一方で、「いつも見張られているようで不快」といった感情も生まれてくるわけで、そこにはあってしかるべき「見られない権利」はどうなるのか、といった問題が生じます。また、自動運転という技術が発達すれば、それに伴って「移動の効率」と「事故の確率」という、相反する価値観を同時に達成できるようにしなければならない。こうしたケースも頻出するでしょう。

日本ならではの、人とロボットの共生モデルを目指して

 このように人類がAIによって手にするであろうメリットは、少なからぬ課題と抱き合わせであると思わなければなりません。しかし、日本は少子高齢化により特に肉体労働分野の不足が懸念されています。この状況下で、日本が培ってきたものづくりの強みと人工知能の技術の組み合わせが大きなイノベーションとなり得るのも事実なのです。

 そこに出現する未来社会の世界観として、ハリウッド映画『ターミネーター』が示すようなものがある一方で、松尾氏は「日本には鉄腕アトム、ドラえもんのような人とロボット共生のモデルが既にある」と言います。

 ロボットと人間が共生レベルに達するにはまだ時間がかかるのではないかと思いがちですが、たとえば、皆さんも店頭でPepperに商品説明や案内をしてもらったりすれば「ありがとう」とお礼を言ったりしているのではないでしょうか。Pepperの頭をなでてやるという光景も目にします。人の眼差しの変化が見られるのは人型ロボットに対してだけではありません。おそうじロボット「ルンバ」は多くの人に「かわいい」と表現されていますし、掃除をし終わると思わず「お疲れさま」と声をかけたくなる、というような話も耳にします。

 AIやロボットを「仲間、家族」と思いたくなるような気もちの萌芽が、これからの「共生」のヒント、新しく生まれてくる諸問題の解決の糸口になるのかもしれません。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授