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ニホンウナギの歴史と現在の生態から考える未来への提言書
身近であり貴重となったニホンウナギの生態
「土用の丑の日」に親しみ、スーパーでも蒲焼きとして売られ、街には鰻重や鰻丼などの鰻料理だけを専門に扱う「鰻屋」があるなど、ニホンウナギは日本人にとって馴染み深く愛されている魚です。しかし、過去約30年間で漁獲量が大幅に減少。2013年に環境省の絶滅危惧種に、2014年にはIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで絶滅危惧種IB(天類天然記念物のトキと同じカテゴリー)に指定されるほどの、貴重な魚でもあります。『ウナギの保全生態学』(共立出版)では、著者の中央大学法学部准教授・海部健三氏が長年の自身による河川での研究や最新の知見に基づいて、ニホンウナギの生態をひもとき、現状を解説。保全策を論じたうえで、保全と持続的利用のための提言を行っています。
海部氏の専門は保全生態学です。河川や沿岸域におけるウナギの生態研究やウナギにかかわるステークホルダー間の情報共有を促進する仕組みづくりに関する活動を行ったり、またウナギ属魚類の専門家として委員会に参加し、シンポジウムや会議のコーディネーターなどを行ったりしています。ちなみに、氏は一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、農学博士に転じた異色のキャリアの持ち主でもあります。
世界のウナギ問題とローカルからのウナギ研究
さて、古くから出生や生態など謎が多いとされており、最新の科学でもまだまだ解明されていない点も多々あるウナギですが、実はウナギの生態研究において、日本は世界最先端を行っています。2009年には、東京大学大気海洋研究所名誉教授・塚本勝巳氏を中心とする研究チームが、人類で初めて天然ウナギの卵を、ニホンウナギの産卵場を発見して、大きな話題となりました。しかしウナギは海だけで生きる魚ではありません。外洋で孵化し、河川や汽水域で成長して、また外洋に戻り産卵する降河回遊魚です。そのためウナギの生態研究を行う場は海と川に大別されます。日本のウナギ研究は海では世界を圧倒している一方、川はまだ未研究の分野が多くありました。
研究者として塚本氏率いる東京大学大気海洋研究所に入った海部氏は、塚本氏から川でのウナギの生態調査を勧められ、実際に天然ウナギの一大産地である岡山県の児島湾に注ぐ旭川に赴き、ウナギ漁師に弟子入りまでして、川でのニホンウナギの研究に取り組み始めます。
ニホンウナギをめぐる現状の問題点と保全策
海部氏はニホンウナギをめぐる現状の問題点を以下のように指摘し、同時に対策案や保全策を提案しています。まずは、日本で養殖されているウナギの半分以上が密猟・無報告漁獲・密売を経たものであり、これら違法のウナギが正規のウナギに混ざって流通されているため、取扱業者も正規・非正規の区別がつけられないということです。違法のウナギ取引を野放しにすることは、絶滅危惧種のニホンウナギを管理できず乱獲が行われているということでもあり、また、利益が反社会的組織の資金源となっているとの指摘もあるそうです。これらの由々しき事態に対しては、専門家を交えた国や国際的機関、さらには国同士による早急な対策が必要だと考えられます。
ついで、実質的に無制限な漁獲が許容されている現行の漁獲量規制に漁獲量削減の実効性が期待できないことに対しては、適切な漁業管理を行い、漁期・漁獲努力量・漁場の制限等をもうけることなどを提案。そして、養殖場の売れ残った成長の悪いウナギが自然の河川に放流されていることも指摘し、日本各地行われているウナギの放流に対しての増殖効果への疑義や、病原体拡散のリスクや性比の攪乱のおそれなどを呈しています。
さらには、消費量の削減のみによってウナギを保全し持続的に利用することはできないとし、劣化してしまったウナギの成育場の環境回復の必要性を呼びかけています。そのために、まずニホンウナギの自然分布域を把握し、そのうえで餌場の多い成育可能な面積を広げていくこと、遡上降河の障害を取り除くことで水域間のつながりの改善を図っていくことなどを、対策としてあげています。
ニホンウナギとステークホルダーのための提言
最後に海部氏は、「ニホンウナギの保全と持続的利用のための11の提言」として、以下をあげています。1.ニホンウナギの管理責任分担の明確化
2.個体群サイズ動態の把握
3.シラスウナギ漁獲量を削減する実効力のある規制
4.池入れ量制限における人工種苗の取り扱いに関する議論の開始
5.黄ウナギ禁漁区の設定
6.銀ウナギの禁漁
7.新しいシラスウナギ流通管理システムの構築
8.放流から移送への転換
9.河川横断工作物による遡上の阻害の解消
10.河川と沿岸域の環境の質的改善
11.市民参加型調査を通じた情報共有
『ウナギの保全生態学』のコーディネーターである中央大学人間総合理工学科教授・鷲谷いづみ氏は、「ウナギが環境の指標として適している」といいます。その理由は、1. 降河回遊魚のため魚の河川移動の評価軸となり、2.河川における上位捕食者のため水辺の生態系の豊かさの評価指標に適している、ということです(『わたしのウナギ研究』:海部健三著、さ・え・ら書房)。
先に日本はウナギの生態研究で最先端を行っていると述べましたが、ニホンウナギの人工種苗生産(いわゆる完全養殖)にも成功するなど、ウナギの生物学的研究においても世界を牽引してきました。しかしその反面、保全と持続的利用に関しては圧倒的に遅れを取っているのが現状だそうです。
本来身近な魚であったにもかかわらず、絶滅危惧種に指定されることにまでなってしまったニホンウナギの現状を考え取り組んでいくことは、地球規模の生物多様性や環境問題であり、ひいては人類の豊かな生活・文化の保全・文明の発展のためにも欠かせない、重要な課題になっています。そう考えると、ニホンウナギのステークホルダーは、広義では全人類ともいえるのではないでしょうか。
「ニホンウナギの保全と持続的利用を目指すことは、資源の持続的利用と、環境と開発のバランスを探る、大きな課題に取り組むことである〈中略〉このような理想の実現に向かうことは、持続可能な社会を目指すこと、そのものだろう」と、海部氏は『ウナギの保全生態学』の中で語っています。同書は、ニホンウナギとそのステークホルダーへの厳しくもあたたかい、未来にむけた提言書ともいえる一冊です。
<参考文献>
・『ウナギの保全生態学』(海部健三著、鷲谷いづみコーディネーター、共立出版)
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320009080
・『わたしのウナギ研究』(海部健三著、さ・え・ら書房)
http://www.saela.co.jp/isbn/ISBN978-4-378-03915-2.htm
<関連サイト>
・Kaifu Lab 中央大学法学部/ウナギ保全研究ユニット(中央大学法学部 海部研究室)
https://c-faculty.chuo-u.ac.jp/blog/kaifu/
・『ウナギの保全生態学』(海部健三著、鷲谷いづみコーディネーター、共立出版)
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320009080
・『わたしのウナギ研究』(海部健三著、さ・え・ら書房)
http://www.saela.co.jp/isbn/ISBN978-4-378-03915-2.htm
<関連サイト>
・Kaifu Lab 中央大学法学部/ウナギ保全研究ユニット(中央大学法学部 海部研究室)
https://c-faculty.chuo-u.ac.jp/blog/kaifu/
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