社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
繰り返される「忖度」…自主規制はどう起こる?
「忖度」という言葉が2017年の流行語に選ばれ、日々の会話の中で、ちょっとした社会批判を含みながら、何気なく口に出す人も増えたように思います。元は「相手の気持ちを慮る」というプラスの意味も持っていましたが、最近では政治や歴史の背後にうごめく“闇”のようなニュアンスを感じます。
近現代史研究家の辻田真佐憲(つじた・まさのり)氏の著書『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』では、戦前、特に1928年から終戦までの時期に行われていた「検閲」についてまとめられています。実はこの時期の検閲と、メディアの「忖度」とは、切っても切れない相互作用がありました。今回は、こちらの書籍の内容をもとに、「忖度」と「検閲」の関係性について考えてみたいと思います。
戦前、皇室に対する不適切な表現や、反政府的な思想を煽る書物などは、軒並み発禁処分を受けました。この辺りは誰しも知っている部分だと思います。しかし、日々刊行される書籍は、そうしたマジメなものばかりではありません。昭和初期はエロ・グロ・ナンセンスが流行した時代。検閲官たちは、ただのエロ本や、猟奇的な描写のある小説・映画などを見て、「どこがどう卑猥か猥褻か」ということを真剣に指摘しなくてはなりませんでした。
世に溢れるメディア媒体に対して、検閲官の人数は1927年の段階で24名。取り締まりが強化された後でも100名を越えることはなかなかなかったようです。圧倒的な激務とブラックな環境。プライベートな時間も奪われる閲覧地獄で神経衰弱に陥り、病気休職する人も多かったのだとか…。この絶望的な人手不足と、戦争に向けて次第に厳しくなる検閲規準のなか、静かに進行していったのが「忖度」による自主検閲・自主規制でした。
なんとも滑稽なやりとりですが、同書では、そんな出版社と検閲官の間に、奇妙な連帯感が生まれていく様子を説明しています。発禁処分を食らってしまうと、メディア側にも痛手ですが、検閲官側にとっても、ただでさえ忙しい最中に発禁のための書類整備などに追われることになります。そこで、検閲官はメディアに圧力を強めていきます。「発禁にするぞ」と暗にプレッシャーをかけ、メディアは不利益を被りたくはありませんから、次第に利益が一致するようになるのです。
メディア側で行われる自主検閲・自主規制は、検閲官が行う「正規の規制」ではなく、「非正規の規制」です。辻田氏はこれを、タイトルにもなっている「空気の検閲」と呼んでいます。メディアは検閲官たちの意図、つまり空気を読み取り、セーフのラインを探して自主規制の姿勢を強めていったのです。
これは、戦争がはじまり、軍部が介入をはじめるよりも前に行われていたことです。非正規の規制は、公の記録には残りません。それは、作者や発信者の真の意図が、永遠にわからなくなるということでもあります。もしかすると、今も残っている当時の小説や書物には、「空気の検閲」がなされていたのかもしれません。そして、他国に比べても日本における検閲は、この非正規の検閲、つまり「空気の検閲」の割合が多かったと、辻田氏は指摘しています。
辻田氏は同書の中で、「検閲は面白く、恐ろしく、複雑なもの」と述べています。検閲は、一言ですべてが善・悪と判断できません。無論、政権批判に安直に繋がるテーマでもないのです。戦前の検閲の歴史、そして「空気の検閲」の実態を知ることは、表現のあり方、規制のあり方を、冷静に見つめる機会になるのではないでしょうか。
近現代史研究家の辻田真佐憲(つじた・まさのり)氏の著書『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』では、戦前、特に1928年から終戦までの時期に行われていた「検閲」についてまとめられています。実はこの時期の検閲と、メディアの「忖度」とは、切っても切れない相互作用がありました。今回は、こちらの書籍の内容をもとに、「忖度」と「検閲」の関係性について考えてみたいと思います。
意外と笑える、戦前の検閲官たちの苦労
まず前提として、今の「日本国憲法」では書籍・映画などへの検閲が禁止されています。それは表現の自由を守るために揺らいではならない理念です。それを踏まえて、実際に戦前の検閲は何をしていたのでしょう?同書の冒頭で語られるのは、思いの外過酷で、どこか悲哀のある検閲官たちの仕事ぶりでした。戦前、皇室に対する不適切な表現や、反政府的な思想を煽る書物などは、軒並み発禁処分を受けました。この辺りは誰しも知っている部分だと思います。しかし、日々刊行される書籍は、そうしたマジメなものばかりではありません。昭和初期はエロ・グロ・ナンセンスが流行した時代。検閲官たちは、ただのエロ本や、猟奇的な描写のある小説・映画などを見て、「どこがどう卑猥か猥褻か」ということを真剣に指摘しなくてはなりませんでした。
世に溢れるメディア媒体に対して、検閲官の人数は1927年の段階で24名。取り締まりが強化された後でも100名を越えることはなかなかなかったようです。圧倒的な激務とブラックな環境。プライベートな時間も奪われる閲覧地獄で神経衰弱に陥り、病気休職する人も多かったのだとか…。この絶望的な人手不足と、戦争に向けて次第に厳しくなる検閲規準のなか、静かに進行していったのが「忖度」による自主検閲・自主規制でした。
「空気の検閲」が公の記録に残らないことの危うさ
しかしメディア側は、はじめから検閲に協力する姿勢ではありませんでした。むしろ出版物を通して検閲官をおちょくったりもしています。ある小説の例では、ラブシーンの場面にかかると、唐突に文章が中国語に変わるのです。「どうだ! 読めないだろう!」というわけです。すると、検閲官は中国語が堪能なスタッフを呼び、解読を試み発禁にするという具合でした。なんとも滑稽なやりとりですが、同書では、そんな出版社と検閲官の間に、奇妙な連帯感が生まれていく様子を説明しています。発禁処分を食らってしまうと、メディア側にも痛手ですが、検閲官側にとっても、ただでさえ忙しい最中に発禁のための書類整備などに追われることになります。そこで、検閲官はメディアに圧力を強めていきます。「発禁にするぞ」と暗にプレッシャーをかけ、メディアは不利益を被りたくはありませんから、次第に利益が一致するようになるのです。
メディア側で行われる自主検閲・自主規制は、検閲官が行う「正規の規制」ではなく、「非正規の規制」です。辻田氏はこれを、タイトルにもなっている「空気の検閲」と呼んでいます。メディアは検閲官たちの意図、つまり空気を読み取り、セーフのラインを探して自主規制の姿勢を強めていったのです。
これは、戦争がはじまり、軍部が介入をはじめるよりも前に行われていたことです。非正規の規制は、公の記録には残りません。それは、作者や発信者の真の意図が、永遠にわからなくなるということでもあります。もしかすると、今も残っている当時の小説や書物には、「空気の検閲」がなされていたのかもしれません。そして、他国に比べても日本における検閲は、この非正規の検閲、つまり「空気の検閲」の割合が多かったと、辻田氏は指摘しています。
現代も無縁ではない「空気の検閲」
現在、日本には正規の検閲システムはありませんが、「空気の検閲」は無縁ではありません。企業やメディアの、消費者からのクレームや回収をおそれた過度な自主規制は頻繁に行われています。日本という空気に内包されている、さまざまな意図や思想。極端になっていく社会の風潮。中立的意見が少しずつ口にしづらくなっているという息苦しさは、多くの人が感じているところではないでしょうか? そうした「忖度」によって、発言を萎縮してしまうということは、とても危ういことなのかもしれません。辻田氏は同書の中で、「検閲は面白く、恐ろしく、複雑なもの」と述べています。検閲は、一言ですべてが善・悪と判断できません。無論、政権批判に安直に繋がるテーマでもないのです。戦前の検閲の歴史、そして「空気の検閲」の実態を知ることは、表現のあり方、規制のあり方を、冷静に見つめる機会になるのではないでしょうか。
<参考文献>
・『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(辻田真佐憲著、光文社)
・『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(辻田真佐憲著、光文社)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
経営をひと言で?…松下幸之助曰く「2つじゃいけないか」
東洋の叡智に学ぶ経営の真髄(1)経営とは何かをひと言で?
東洋思想を研究する中で、50年間追求してきた命題の解を得たと田口佳史氏は言う。また、その命題を得るきっかけとなったのは松下幸之助との出会いだった。果たしてその命題とは何か、生涯の研究となる東洋思想とどのように結び...
収録日:2024/09/19
追加日:2024/11/21
次の時代は絶対にアメリカだ…私費で渡米した原敬の真骨頂
今求められるリーダー像とは(3)原敬と松下幸之助…成功の要点
猛獣型リーダーの典型として、ジェネラリスト原敬を忘れてはならない。ジャーナリスト、官僚、実業家、政治家として、いずれも目覚ましい実績を上げた彼の人生は「賊軍」出身というレッテルから始まった。世界を見る目を養い、...
収録日:2024/09/26
追加日:2024/11/20
冷戦終焉から30年、激変する世界の行方を追う
ポスト冷戦の終焉と日本政治(1)「偽りの和解」と「対テロ戦争」の時代
これから世界は激動の時代を迎える。その見通しを持ったのは冷戦終焉がしきりに叫ばれていた時だ――中西輝政氏はこう話す。多くの人びとが冷戦終焉後の世界に期待を寄せる中、アメリカやヨーロッパ諸国、またロシアや同じく共産...
収録日:2023/05/24
追加日:2023/06/27
遊女の実像…「苦界と公界」江戸時代の吉原遊郭の二面性
『江戸名所図会』で歩く東京~吉原(1)「苦界」とは異なる江戸時代の吉原
『江戸名所図会』を手がかりに江戸時代の人々の暮らしぶりをひもとく本シリーズ。今回は、遊郭として名高い吉原を取り上げる。遊女の過酷さがクローズアップされがちな吉原だが、江戸時代の吉原には違う一面もあったようだ。政...
収録日:2024/06/05
追加日:2024/11/18
国の借金は誰が払う?人口減少による社会保障負担増の問題
教養としての「人口減少問題と社会保障」(4)増え続ける社会保障負担
人口減少が社会にどのような影響を与えるのか。それは政府支出、特に社会保障給付費の増加という形で現れる。ではどれくらい増えているのか。日本の一般会計の収支の推移、社会保障費の推移、一生のうちに人間一人がどれほど行...
収録日:2024/07/13
追加日:2024/11/19