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国名から「ヴ」の表記が消えたって知ってる?
2019年4月1日に施行された「在外公館名称位置給与法」の改正法により、「ヴ」を用いていた2ヵ国が、それぞれ「セントクリストファー・ネーヴィス」から「セントクリストファー・ネービス」に、「カーボヴェルデ」から「カーボベルデ」へと改正されました。
しかし、法律を改正することはあらゆる面で容易なことではありません。それにもかかわらず、なぜ今回の法改正が行われたのでしょうか。
セントクリストファー・ネービスの英語表記は「Saint Christopher and Nevis」で、辞書・辞典・書籍などによっては「Nevis」が「ネービス」「ネビス」「ネイビス」と表記され、「ビ」が主となっています。一方、カーボベルデのポルトガル語表記は「República de Cabo Verde」で、こちらの「Verde」の辞書・辞典・書籍などでの表記は「ベルデ」の「ベ」が主となっています。
ちなみに、「Nevis」はスペイン語の「雪」を意味する「Nieve(ニエベ)」が語源といわれ、「Verde」は「緑」を意味します。
実は国名を変更する大規模な法改正は、2003年に施行されています。多くの国名で「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」は「バビブベボ」に、「ティ」や「テュ」は「チ」や「チュ」に改められました。他にも「ー(音引き)」や「・(中黒)」の有無など含め、60ヵ国の表記が改正されました。「ヴ」の国名使用についても、「ヴィエトナム」が「ベトナム」に、「ボリヴィア」が「ボリビア」となるなど、上記の法則に従って改正されています。
しかし、2019年に改正された「セントクリストファー・ネーヴィス」と「カーボヴェルデ」の2ヵ国は2003年では見直しはされず残っていました。その理由について八幡氏は、「平成15(2003)年の時も同じ方法で調べて見直しを行っているはずなので、当時はまだヴの方が多かったのだと思います。日本語が徐々に変わることで、最終的にヴの表記が減っていったのでしょう」と述べています。
研究分野が言語学・日本語学で外来語の歴史に詳しい国立国語研究所の間淵洋子氏は、「外来語が本格的に日本に入ってきたのは明治時代です。当時はまだ外国語をカタカナで表記する明確なルールはなく、学識のある人たちがさまざまな表記を試行錯誤していました」。そして、「「ヴ」という文字を広めたのは明治時代の教育家、福沢諭吉」と述べています。
間淵氏の述べたように、福沢諭吉は『福沢全集』に掲載した自身の主要な作品を解説する『福沢全集緒言』において、万延元年(1860年)に刊行した辞書『(増訂)華英通語』で、翻訳の表記ルールについて、以下のように記しています。
「是れは飜訳(ほんやく)と云うべき程(ほど)のものに非ず原書(げんしょ)の横文字(よこもじ)に仮名(かな)を附(つ)けたるまでにして事固(こともと)より易し唯原書(ただげんしょ)のvの字を正音(せいたん)に近からしめんと欲し試(こころみ)にウワの仮名に濁点(にごり)を附けてヴワ゛と記したるは當時思付(たうじおもひつき)の新案(しんあん)と云う可きのみ」
しかし[v]と[b]は違う音素です。[v]は摩擦音とよばれ、長く引き伸ばすことの出来る音です。上の前歯と下唇が柔らかく触れたすき間から呼気が漏れる際に、ゆっくり時間をかけて発する音です。一方の[b]は破裂音とよばれる瞬間音で、長く伸ばすことは出来ません。唇をしっかり閉じてから、急に開放してすることで発音できます。
慶應義塾大学教授で認知心理学・発達心理学・言語心理学が専門の今井むつみ氏の『ことばの発達の謎を解く』によると、生後10ヶ月くらいまでの赤ちゃんは問題なく聞き分けることができるが、1歳くらいまでに自分の母語での音素のカテゴリー分けを学習すると、聞き分けることができなくなるといいます。これはそこだけを捉えると残念なことに思えますが、言語を理解するうえでの必要な「音素のカテゴリー化」や「音素の学習」ができていることを意味し、高度な言語学習ができていることを表しています。
つまり、本来日本語になかった[v]の音素の多くが、明治・大正・昭和・平成と約150年間使用される中で[b]と統合され、一般名称としては「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」ではなく主に「バビブベボ」が使用され表記されるようになったのだと考えられます。
しかし、「V系」こと「ヴィジュアル系」はいくら辞書に「ビジュアル系」と書かれてもやはり「ヴィ」でない違和感が否めないように、「ヴァンフォーレ甲府」「ヴィッセル神戸」「ヴェルディ川崎」も「ヴ」だからこそ伝わってくる何かが、確実にあるように思えます。もしかしたら、次代以降の150年に、日本語独自の新たな[v]系言語が学習されていくのかもしれません。
しかし、法律を改正することはあらゆる面で容易なことではありません。それにもかかわらず、なぜ今回の法改正が行われたのでしょうか。
なぜ2019年に国名から「ヴ」消失の法改正施行?
今回の法改正を担当した外務省大臣官房総務課・課長補佐の八幡浩紀氏は、「ひとことで言うと、ヴを使わない表記の方がいまの国民になじみがあることがわかったからです。法律を制定した当時はヴを使うケースが多かったようですが、徐々になじみのある表記が変わってきたのでしょう」と述べています。セントクリストファー・ネービスの英語表記は「Saint Christopher and Nevis」で、辞書・辞典・書籍などによっては「Nevis」が「ネービス」「ネビス」「ネイビス」と表記され、「ビ」が主となっています。一方、カーボベルデのポルトガル語表記は「República de Cabo Verde」で、こちらの「Verde」の辞書・辞典・書籍などでの表記は「ベルデ」の「ベ」が主となっています。
ちなみに、「Nevis」はスペイン語の「雪」を意味する「Nieve(ニエベ)」が語源といわれ、「Verde」は「緑」を意味します。
実は国名を変更する大規模な法改正は、2003年に施行されています。多くの国名で「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」は「バビブベボ」に、「ティ」や「テュ」は「チ」や「チュ」に改められました。他にも「ー(音引き)」や「・(中黒)」の有無など含め、60ヵ国の表記が改正されました。「ヴ」の国名使用についても、「ヴィエトナム」が「ベトナム」に、「ボリヴィア」が「ボリビア」となるなど、上記の法則に従って改正されています。
しかし、2019年に改正された「セントクリストファー・ネーヴィス」と「カーボヴェルデ」の2ヵ国は2003年では見直しはされず残っていました。その理由について八幡氏は、「平成15(2003)年の時も同じ方法で調べて見直しを行っているはずなので、当時はまだヴの方が多かったのだと思います。日本語が徐々に変わることで、最終的にヴの表記が減っていったのでしょう」と述べています。
「ヴ」を使い始めたのは福沢諭吉?
ところで「ヴ」を使い始めたのは誰かわかるのでしょうか。また、外来語のカタカナ表記は、どのようなルールで行われているのでしょうか。研究分野が言語学・日本語学で外来語の歴史に詳しい国立国語研究所の間淵洋子氏は、「外来語が本格的に日本に入ってきたのは明治時代です。当時はまだ外国語をカタカナで表記する明確なルールはなく、学識のある人たちがさまざまな表記を試行錯誤していました」。そして、「「ヴ」という文字を広めたのは明治時代の教育家、福沢諭吉」と述べています。
間淵氏の述べたように、福沢諭吉は『福沢全集』に掲載した自身の主要な作品を解説する『福沢全集緒言』において、万延元年(1860年)に刊行した辞書『(増訂)華英通語』で、翻訳の表記ルールについて、以下のように記しています。
「是れは飜訳(ほんやく)と云うべき程(ほど)のものに非ず原書(げんしょ)の横文字(よこもじ)に仮名(かな)を附(つ)けたるまでにして事固(こともと)より易し唯原書(ただげんしょ)のvの字を正音(せいたん)に近からしめんと欲し試(こころみ)にウワの仮名に濁点(にごり)を附けてヴワ゛と記したるは當時思付(たうじおもひつき)の新案(しんあん)と云う可きのみ」
新たな[v]系言語が現れる?
ここでひとつ疑問が出てきます。どうして日本語では「v」に相当する「ヴ」の国名が、一般的に使われなくなっていったのでしょうか。その背景には日本語では[v]と[b]の聞き分けが難しいことにあります。しかし[v]と[b]は違う音素です。[v]は摩擦音とよばれ、長く引き伸ばすことの出来る音です。上の前歯と下唇が柔らかく触れたすき間から呼気が漏れる際に、ゆっくり時間をかけて発する音です。一方の[b]は破裂音とよばれる瞬間音で、長く伸ばすことは出来ません。唇をしっかり閉じてから、急に開放してすることで発音できます。
慶應義塾大学教授で認知心理学・発達心理学・言語心理学が専門の今井むつみ氏の『ことばの発達の謎を解く』によると、生後10ヶ月くらいまでの赤ちゃんは問題なく聞き分けることができるが、1歳くらいまでに自分の母語での音素のカテゴリー分けを学習すると、聞き分けることができなくなるといいます。これはそこだけを捉えると残念なことに思えますが、言語を理解するうえでの必要な「音素のカテゴリー化」や「音素の学習」ができていることを意味し、高度な言語学習ができていることを表しています。
つまり、本来日本語になかった[v]の音素の多くが、明治・大正・昭和・平成と約150年間使用される中で[b]と統合され、一般名称としては「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」ではなく主に「バビブベボ」が使用され表記されるようになったのだと考えられます。
しかし、「V系」こと「ヴィジュアル系」はいくら辞書に「ビジュアル系」と書かれてもやはり「ヴィ」でない違和感が否めないように、「ヴァンフォーレ甲府」「ヴィッセル神戸」「ヴェルディ川崎」も「ヴ」だからこそ伝わってくる何かが、確実にあるように思えます。もしかしたら、次代以降の150年に、日本語独自の新たな[v]系言語が学習されていくのかもしれません。
<参考文献・参考サイト>
・『福沢諭吉全集 第1巻』(福沢諭吉著、岩波書店)
・『ことばの発達の謎を解く』(今井むつみ著、ちくまプリマー新書)
・第198回国会提出法律案一覧│外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/m_c/page25_001824.html
・世界から「ヴ」が消える | 特集記事 | NHK政治マガジン
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/15156.html
・福沢全集緒言 | 慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション
http://dcollections.lib.keio.ac.jp/en/fukuzawa/a50/114
・『福沢諭吉全集 第1巻』(福沢諭吉著、岩波書店)
・『ことばの発達の謎を解く』(今井むつみ著、ちくまプリマー新書)
・第198回国会提出法律案一覧│外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ms/m_c/page25_001824.html
・世界から「ヴ」が消える | 特集記事 | NHK政治マガジン
https://www.nhk.or.jp/politics/articles/feature/15156.html
・福沢全集緒言 | 慶應義塾大学メディアセンター デジタルコレクション
http://dcollections.lib.keio.ac.jp/en/fukuzawa/a50/114
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