テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.05.16

神社の狛犬は「犬」じゃなかった?

 神社に鎮座する狛犬の像。その名はあまりに有名ですが、どうしてそこにあるのか、その起源は何なのかを、詳しく知る人は多くないでしょう。そもそも狛「犬」という名前ではありますが犬ではなく、架空の生き物とされています。

 狛犬とは、いったいどのような存在なのでしょうか。

狛犬の役割

 狛犬は神様のいる本殿や拝殿の前、あるいは参道の両脇に二体一対で置かれていることが多く、その役割は神様を守るため、あるいは魔除けのためといわれます。

 正体については諸説ありますが、麒麟(きりん)や獏(ばく)のような架空の生き物、いわゆる「霊獣」のひとつだとされます。

「犬」という字が使われますが、見た目はたてがみを持った雄々しい姿で、犬というよりライオンのようです。これは、狛犬はもともと「獅子」が起源だったことに由来しています。

狛犬の起源

 はるか昔の海の向こう、古代オリエントの時代。ライオンは権威と力の象徴として人々に崇められていました。ライオンは王とその一族を守る守護神と考えられ、玉座などインテリア装飾のモチーフとなったり、城門の前や王の墓前に獅子をかたどった像が置かれたりしました。現代まで残るエジプトのスフィンクスも、頭は人間ですが身体はライオンであり、王の墓であるピラミッドを守る役目を担っていると考えられています。

 やがてライオンの存在は東へと伝えられ、「獅子」として古代インドや中国の伝説に現れるようになりました。仏教では獅子は仏国土の守護神となり、釈迦が説法する場を「獅子座」と呼ぶなど、重要な立ち位置を占めるようになります。

 こうして中国から朝鮮半島、そして日本へと、仏教を始めとする大陸の文化が伝えられると同時に、獅子もまた、日本にやってきました。この時に獅子は仏の守護獣で、二体一対で置かれるものだと伝わったようです。

狛犬の名の由来

 狛犬の語源については、日本に伝来した当時の朝鮮王朝(唐)が「高麗(こうらい)」だったことから「高麗犬(こまいぬ)」という名で呼ばれ、やがて「狛犬」へと変化したというのが定説です。

「狛」の字が当てられたのは、「狛」が朝鮮半島を含めた中国周辺の地(外の世界)を表すため、または「狛=神獣」の意味だからという説があります。

 ただ「犬」の字が当てられてはいるとはいえ、この時伝えられたのは犬ではなく、あくまで架空の生き物である「獅子」です。その姿も、現代の狛犬とは大きく異なっていました。

 ではなぜ「犬」と呼ばれたかというと、天皇の警護役が犬の鳴き声をまねて警備していたからという説、古代日本では下等なもの、取るに足らないもののことを「犬」と呼び習わしていたため、獅子を「正体不明の謎の生き物」と解釈したのだという説があります。いずれにせよ、はっきりとは分かっていません。

一対の獅子像が、狛犬と呼ばれるようになるまで

 一対の「獅子」たちは、いつ、どのように、今の私たちが見るような「狛犬」の姿となったのでしょうか。

 実は日本に伝来した当初の獅子像の多くは、二体とも大きく口を開け、向き合うように造られた、左右対称(シンメトリー)の姿でした。しかし自然そのものの姿を尊重した古代の日本人は、人が作為的に生み出す「シンメトリー」よりも「アシンメトリー(左右非対称)」をより美しいと感じていました。そのため、まったく同じ獅子を並べるのをよしとせず、新たに“別の生き物”をつくり、獅子と組ませたのです。

 二体のうちの片方は、これまでと同じ「獅子」で、大きく口を開けた姿。“阿吽の呼吸”でいう「阿形(あぎょう)」としました。そしてもう片方に、新たに生み出した“オリジナルの霊獣”を置き、獅子と一対としたのです。それは獅子のようでありながら頭に角が生えており、口をぐっと引き締める「吽形(うんぎょう)」の姿にかたどられました。この“オリジナルの霊獣”のほうを「狛犬」と呼んだのです。

 平安時代はこの『獅子×狛犬』バージョンが、聖域を守る一対の霊獣として全国に広がっていきました。

 しかし時代の変化とともに、二体の像も変容していきます。「狛犬」の角が取れ、二体はどちらも「獅子」に似た姿で作られるようになりました。ただ呼び名は「狛犬」のほうが広く浸透していたため、二体まとめて「狛犬」と呼ぶのが通例となります。

 そして加工技術が発達するにともない、石工たちの手によって各地で個性的な狛犬が生み出されました。あとから入ってきた「唐獅子」に似せたもの、逆立ちさせたもの、ウサギに寄せたもの……と、旧来の獅子の姿とはかけ離れたものが増え、どちらが獅子でどちらが狛犬なのか、二体の区別はますます不明瞭になりました。やがて狛犬が大衆化されると「おおよその狛犬のイメージ」が世間で固まり、現在のような姿になったと考えられます。

 つまり、現代でいう狛犬とは、獅子でも犬でもない“日本独自の霊獣”ということになります。

 旧来の『獅子×狛犬』タイプの狛犬も各地に残っていますが、その場合は「口を開けているほうが獅子、閉じているほうが狛犬」と判断できるでしょう。前述したように、伝統的な狛犬には角が生えているため、それで見分けることも可能です。

 ただ、狛犬であっても「獅子」と呼ぶこともあり、人によって多少の解釈違いはあるようです。

 いかがでしたか。ちょっとややこしい歴史を持つ狛犬ですが、険しい表情ながらどこかユニークで愛らしいその姿に魅了される人は少なくありません。神社に立ち寄ったら、ぜひ狛犬の姿にも注目してみてくださいね。

<参考サイト>
・狛犬のいろはを学ぶ(奈良県歴史文化資源データベース)
https://www.pref.nara.jp/miryoku/ikasu-nara/komainu/iroha/
・狛犬とは(神社専門メディア 奥宮-OKUMIYA-)
https://okumiya-jinja.com/knowledge/komainu/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

グリーンランドに米国の軍事拠点…北極圏の地政学的意味

グリーンランドに米国の軍事拠点…北極圏の地政学的意味

地政学入門 ヨーロッパ編(10)グリーンランドと北極海

北極圏に位置する世界最大の島グリーンランド。ここはデンマークの領土なのだが、アメリカの軍事拠点でもあり、アメリカ、カナダとヨーロッパ、ロシアの間という地政学的にも重要な位置にある。また、気候変動によってその軍事...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/07/07
小原雅博
東京大学名誉教授
2

陀羅尼品…あらゆるものが暗号であり、メタファーである

陀羅尼品…あらゆるものが暗号であり、メタファーである

おもしろき『法華経』の世界(6)「陀羅尼品」とエニグマ

『法華経』下巻の「陀羅尼品」を読めば、それが真言宗の真言(=マントラ)と同様の構造を持っていることが分かる。天台教学における「諸法実相」や「本覚思想」という形而上学も、華厳経の「重々帝網」という次元世界も、全て...
収録日:2025/01/27
追加日:2025/07/06
鎌田東二
京都大学名誉教授
3

なぜ思春期は大事なのか?コホート研究10年の成果に迫る

なぜ思春期は大事なのか?コホート研究10年の成果に迫る

今どきの若者たちのからだ、心、社会(1)ライフヒストリーからみた思春期

なぜ思春期に注目するのか。この十年来、10歳だった子どもたちのその後を10年追跡する「コホート研究」を行っている長谷川氏。離乳後の子どもが性成熟しておとなになるための準備期間にあたるこの時期が、ヒトという生物のライ...
収録日:2024/11/27
追加日:2025/07/05
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長
4

信用創造・預金創造とは?社会でお金が流通する仕組み

信用創造・預金創造とは?社会でお金が流通する仕組み

お金の回し方…日本の死蔵マネー活用法(1)銀行がお金を生む仕組み

日本経済が低迷する原因は何か。大きなポイントとして「お金が回っておらず、死蔵されてしまっていること」が挙げられる。そもそも、お金が市中にどのように流通し、どのような役割を果たしていくのかを理解しなければ、経済を...
収録日:2024/12/04
追加日:2025/02/22
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員
5

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

昼寝が認知症予防に!?脳のグリンパティック・システムとは

睡眠と健康~その驚きの影響(3)グリンパティック・システムと脳の健康脳

近年の研究では睡眠に「脳の老廃物を除去する」働きがあることが分かってきた。脳に老廃物が溜まると、それが脳の神経組織に障害を与え、認知症(アルツハイマー)を発症するのだという。今回は、そうした「グリンパティック・...
収録日:2025/03/05
追加日:2025/06/19
西野精治
スタンフォード大学医学部精神科教授