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DATE/ 2024.02.29

『うちの国ヤバいので来てください』ウイルス学者の奮闘記

 新型コロナウイルスが蔓延する前から、世界ではさまざまな感染症が流行してきました。例えばアフリカで1976年に発見され2014年に急拡大したエボラ出血熱(ザイール株)は、致死率が最高で70%から90%に至りました。こういった世界的な医療問題に対して活動する組織の一つにWHO(世界保健機関)があります。世界中からWHOに集められた医療や衛生などに関する専門家が現地で活動するわけですが、この活動の舞台は多くの場合、世界の貧困地域です。

 WHOの活動現場の一つであるアフリカの一部エリアでは医療設備が整っていない上に、政治的にも不安定で、治安維持にも苦労している場合もあります。こういった場所ではもちろん教育も福祉も整っていません。医療活動を行う前段階の問題がかなり多いことが想像できます。今回紹介する書籍は、そのような感染症対策の厳しい現場を、ときにユーモアを交えながらまたときにシニカルに鋭く伝える『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください』(古瀬祐気、中公新書クラレ)です。

学部卒業前に博士を取得

 筆者の“ウイルス学者さん”こと古瀬祐気氏は1983年生まれの感染症専門家で、現在は東京大学新世代感染症センターの教授です。在籍していた東北大学医学部では、学部卒業前に博士号を取得するという異色の経歴の持ち主ですが、このことをご本人は「結果として高卒の博士が誕生した」とユーモアを交えて表現します。研究室のプロジェクトでフィリピンに行った際、そこでの研究をもとに論文を9本書いたことが博士号取得につながったとのこと。その後は医療の現場に立ったりいくつかの国で研究したり、これら広範な知識と経験をもとに、世界中で感染症や公衆衛生に関するコンサルティングを行ったりしています。

 ご本人は自身の経歴について、「タイやミャンマーの病院で熱帯病のトレーニングを受け、イギリスでコンピュータを使った遺伝子解析の技術を身につけ、そして日本とアメリカで感染症数理モデルについて学んだ」と述べます。特に本書で字数が割かれているのは、WHOの活動で滞在したリベリア(アフリカ)でのエボラ出血熱対策での話や日本の新型コロナ対策班での経験です。本書と出合わなければ、決して知ることのない現場のリアルな話が次から次へと飛び出します。

感染を恐れた医者は国外へ逃亡

 前半で字数が割かれているのは西アフリカのリベリアという国での経験です。リベリアはアメリカ合衆国の解放奴隷だった人たちを中心として1847年に建国された国です。ただし1990年代を通して続いた内戦により、さまざまな困難が発生しています。この地域でエボラ出血熱が急速に広がった2014年ごろ、古瀬氏はWHOのスタッフとして派遣されます。依頼されたのは検査に関するコンサルタントなのですが、現地で一通りオリエンテーションを受けたあと、いきなり自分が所属チームのリーダーだと知らされます。

 この時には感染を恐れた医者はすでに国外へ逃げ出し、公共サービスは停止し、道端に死体が転がっていたそうです。古瀬氏は疫学調査のために、読み書きのできない人から名前や住所を聞き出して記録することからはじめますが、スラムに住む住民の把握に苦戦します。電気やインターネットが使える環境は限られており、携帯電話はプリペードカードを買って使うので突然つながらなくなる、といった状況です。ここからチームで現状を少しずつ整理、改善していきます。

WHOは現地の医療をサポートする組織

 また、どうしても会議に参加してもらいたい団体の代表者につながるために、バーやレストランに毎晩入り浸って連絡先を手に入れるといった地道さを発揮します。さらには、検体採取キットなどをビニール袋に詰めたものを毎週1000個近く手作業で作成し、これをリベリア中のエボラ医療施設に届けるという作業を夜中まで行います。医師免許を持ち、アメリカで研究をしている感染症専門医の仕事とは思えない仕事です。さすがにネガティブになったそうですが、別の部署のWHOスタッフや現地の学生との関わりができたことにより、彼らとのつながりが生まれたとのことです。

 古瀬氏は支援ということについて、「途上国で起こった感染症のアウトブレイクという自然災害も、きっと彼らの力で十分に良くすることができる。僕らは、それをそっと後押しする。うまくいけば少しだけ早く解決に向かうかもしれない。そのくらいのスタンスが、僕が思う国際支援の姿だ」といいます。つまりWHOとは自分たちが主導するのではなく、あくまで現地の人たちが行うことを下支えする存在といえます。これはかなりの気力と根気が必要とされる仕事といえそうです。

 一方で「悲惨なアウトブレイクは感染症専門家にとってはチャンスでもあった」ともいいます。貴重なデータを収集して分析できる、またとない機会だからです。しかし、国際支援の考えでは、「災害発生時のデータや検体は国外の組織が収集したとしても帰属権は被災国にある」とされます。この葛藤のなかで古瀬氏は、データを元にした論文を書きとめておくことにします。この後、現地組織の責任者と話をする中で発表のゴーサインを得ることに成功します。ここは自身の研究者としての心情と、現地の支援者としてのモラルのぶつかり合いの部分といえそうです。

無条件の人間肯定

 古瀬氏はかなり多彩な技術や技能を持っている方です。「熱帯病の対策」「コンピュータを使った遺伝子解析の技術」「感染症数理モデルの知識」といったそれぞれの専門知識をお持ちであることはもちろん、ハイペースで論文を書けること、プログラミングができること、語学ができること、どこにでも行けること、人と仲良くなれること、ルービックキューブができることなど、キリがありません。そして、もう一つ、「人間を無条件に肯定し、信じることができること」。これは古瀬氏の行動を下支えする最も貴重な能力といえるのかもしれません。

 本書の最後で、高校生の時に医学を選択したのは「ひとが好きだから」だったのかもしれないと古瀬氏は言います。また「僕が明日いなくなっても、世界はたぶんそんなに変わらない。でも、僕がいることで世界はきっと変わっていく」とも言います。この言葉からは強い信念を感じるとともに、そこに虚栄心も裏の意図もなく、世界を良くすることが自身の喜びであるということの表明とも受け取ることができます。ぜひ本書を読んで、この先の世界が変わっていくことを実感してみてください。

<参考文献>
『ウイルス学者さん、うちの国ヤバいので来てください。』(古瀬祐気著、中公新書ラクレ)
https://www.chuko.co.jp/laclef/2024/01/150808.html

<参考サイト>
東京大学・古瀬祐気氏の研究室(YUKI FURUSE Lab)
https://www.furuse-lab.info/
古瀬祐気氏のツイッター(現X)
https://twitter.com/ykfrs1217

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