社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.03.05

『林陵平のサッカー観戦術』に学ぶ試合をもっと楽しむ方法

 サッカーの試合について、代表戦だったら観るという人は多いかもしれません。一歩踏み込んで欧州サッカーやJリーグなどのクラブチームの試合を見てみると、また違った面白さがあります。もちろん知識ゼロでサッカー観戦しても楽しめる部分はたくさんあります。ただちょっとした知識があると、もっと深く幅広く楽しめることは間違いありません。ではサッカーの試合を見るときには、何を知っておいて、どこを見ればもっと楽しめるのでしょうか。

 この点について、選手の名前や実際の場面などを通して実に丁寧に詳しく、わかりやすく解説してくれる本が『林陵平のサッカー観戦術:試合がぐっと面白くなる極意』(林陵平著、平凡社新書)です。著者の林陵平さんは明治大学を卒業後、Jリーガーとして東京ヴェルディや柏レイソル、モンテディオ山形などでフォワードとして活躍した元プロサッカー選手。その後、東京大学運動会ア式蹴球部(サッカー部)監督を経たのち、現在では解説者として活躍しています。

とにかく推しチームの試合を「週1」で観続ける

 サッカーの面白さを知る方法としてはじめに挙げられている点は、「とにかく推しチームの試合を『週1』で観続ける」ことです。このとき事前に雑誌やWEB、SNSなどで情報を集めて「名前、顔、ポジションをリンクして覚えること」が推奨されています。この三つが頭に入っていれば試合を観ていてもパッと選手のポジションが分かり、チーム全体の配置も理解しやすいので、状況を把握する手掛かりになります。

 また選手名鑑には選手のプレースタイルなどの情報も記載されています。これを知って実際に観戦し、そのプレースタイルを目の当たりにすると、「これだ!」という感動がやってきて、知識が体験となります。本書では、林さんがフォローしている選手のインスタグラムアカウントなどもコメント付きで紹介されているので、これを参考に推し選手を見つけるのもいいかもしれません。

 こうして選手に注目して見ていれば、チームの近況や順位にも目がいくようになります。そのとき置かれている状況によって、この試合で勝つ必要があるのか、引き分けの勝点1でよいのかがわかり、このあと積極的にいくのか、守備的なサッカーをするのかといった予測が立ちます。こうなると「守ってばかりで面白くない」とはなりません。つまり、その試合での見るべきポイントが明確になってくるのです。林さんは「サッカーに塩試合なんてない」と言い切ります。

初期配置の組み合わせを読む

 また、90分の試合開始時に見るべきポイントとしては、「初期配置」と「攻守のアグレッシブさ」が挙げられます。初期配置に関しては4-3-3や4-2-3-1といったさまざまなフォーメーションがあり、攻撃と守備によって変わったり、試合の途中で変わったりもします。この初期配置を知るとチームがどういう戦い方をしようとしているのか、選手が何を意図して動いているのかが見えてきます。この配置の意味や強みと弱みといった点についても本書では詳しく解説されています。

 さらに試合開始時点で大事なのは、この「配置の組み合わせ」を理解することです。サッカーでは「数的有利」ということがよくいわれます。例えば、Aチームが中盤のセンター付近に3人を配置していて、相手のBチームが2人しか置いていない場合、基本的にはAチームが中盤を支配する構図になります。つまり中盤ではAチームが数的有利です。

 このときBチームが取りうる選択は、「受け入れて戦う」「微調整(前線や最終ラインから1人を中盤に回す)」「配置を変える」の3つがあります。つまり、試合開始時点の配置の組み合わせをみれば、このあとどういう展開になるか、どういう采配が行われるかといった点を予測する楽しみ方ができます。

スタッツをよく見る、サッカーノートを作る

 前半終了後のハーフタイムには、パソコンやスマホを使って「スタッツ」をよく見ましょう。スタッツとは、ボール支配率やパス成功率、シュート本数などの数値データです。これらを見て現状で弱い点があれば、後半で初期配置を変更したり、選手交代のカードが切られたりすることもあります。つまり、このスタッツをよく見て前半を総括し、このあとの展開について予測することができるのです。

 2022年カタールワールドカップのスペイン戦では初期配置が噛み合わず、日本は前半、スペインに支配されました。そこで、後半に三苫薫と堂安律というアタッカー2人を投入し、一気にゲームチェンジします。勝ち越し後は守備的配置に戻すことで勝利しました。こういったスタッツに基づく交代カードの使い方の意図を理解すると、この先の展開を予測することや監督の意図を理解することもできます。加えて、観ていてこれから何に期待すればよいのかも明確になります。

 また試合後に「良かった部分と悪かった部分を分析し、それらを上手く言語化する」ことも、冷静かつ客観的な目でサッカーを楽しむためのポイントとのこと。つまり、勝ち負けだけが楽しむポイントではない視点も重要です。そのため、チームの試合を「週1」で観続けて「サッカーノート」を作ることが勧められています。ここにはメンバー、システム、攻守のメカニズム、特長、試合中の変化、選手の特徴などを自分なりに書いていきます。

後半では監督、チーム、選手を詳細に解説

 本書の後半ではポジションごとの役割や求められる性質、またそのポジションで特に優れた選手などが紹介されています。たとえばCF(センターフォワード)ではマンチェスター・シティのアーリング・ハートランド選手が紹介されています。このチームの優れている点はボール支配率が高いことでしたが、CFの決定力不足が課題でした。

 そこで駆け引きなどに優れた頭脳派で、準備と予測が完璧なハートランドが入ったことにより、一気にチャンピオンズリーグで優勝します。同様にウイング・セカンドトップでは、ストップした状態から一気にスペースに蹴り出してスピード勝負するエムバペや、相手の体勢を崩して抜くことに長けたヴィニシウスの独自性などについても分かりやすく解説されています。

 本書の最後は、欧州現代サッカーの名将や推したい選手に焦点を絞って、詳細な視点でその魅力が解説されています。この項目を読むだけでも、監督、チーム、選手の意図や特長、興味深いポイントをかなり細かく把握できます。この知識をもとに試合を見てみると、これまで見えていなかった面白さに気づくかもしれません。ぜひ本書の詳細な解説を読んでみてください。おそらくサッカーがこれまでとはまるで違った多層的な次元で見えてくるはずです。

<参考文献>
『林陵平のサッカー観戦術:試合がぐっと面白くなる極意』(林陵平著、平凡社新書)
https://www.heibonsha.co.jp/book/b639176.html

<参考サイト>
林陵平氏のTwitter(現X)
https://twitter.com/Ryohei_h11l
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割

『100万回死んだねこ』って…!?記憶の限界とバイアスの役割

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(2)バイアスの正体と情報の抑制

「バイアスがかかる」と聞くと、つい「ないほうが望ましい」という印象を抱いてしまうが、実は人間が生きていく上でバイアスは必要不可欠な存在である。それを今井氏は「マイワールドバイアス」と呼んでいるが、いったいどうい...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/09
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
2

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か

アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
3

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトが注目した心と体の条件づけのメカニズム

デカルトの感情論に学ぶ(1)愛に現れる身体のメカニズム

初めて会った人なのになぜか好意を抱いてしまうことがある。だが、なぜそうした衝動が生じるのかは疑問である。デカルトが友人シャニュに宛てた「愛についての書簡」から話を起こし、愛をめぐる精神と身体の関係について論じる...
収録日:2018/09/27
追加日:2019/03/31
津崎良典
筑波大学人文社会系 教授
4

「白人vsユダヤ人」という未解決問題とトランプ政権の行方

「白人vsユダヤ人」という未解決問題とトランプ政権の行方

戦争と暗殺~米国内戦の予兆と構造転換(3)未解決のユダヤ問題

保守的な軍国化によって、内戦への機運が高まっているアメリカだが、MAGAと極左という対立図式は表面的なものにすぎない。その根本に横たわっているのは白人とユダヤ人という人種の対立であり、それはカーク暗殺事件によって露...
収録日:2025/09/24
追加日:2025/11/06
東秀敏
米国大統領制兼議会制研究所(CSPC)上級フェロー
5

「境地は裏切らない」とは?禅の体験から見えてきたもの

「境地は裏切らない」とは?禅の体験から見えてきたもの

徳と仏教の人生論(6)物事の本質を見極めるために

10年の修行で自我を手放し宇宙と一体化する境地に達すると、自分中心からホリスティックな視点に変わり、物事の表と裏の共通点が見えてきて、その本質がつかめるという田口氏。人生は常に新たな命題を解き明かし続ける旅である...
収録日:2025/05/21
追加日:2025/11/08