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DATE/ 2024.11.20

すべての腸活は『「腸と脳」の科学』から始まる

 最近、「腸活」という言葉をよく耳にするようになりました。健康ブームの一環として、腸内環境の改善が注目され、今では多くの人が「腸活」に取り組んでいます。研究が進むにつれ、腸内細菌のバランスが体全体に影響を与えることが明らかになり、腸が心身の健康にとって重要な役割を果たすことがわかってきたからです。

 しかし、腸がどのように全身に作用し、健康に寄与しているのか、そのメカニズムについて詳しく知っている方は少ないのではないでしょうか。今、「脳腸相関」と呼ばれる脳と腸の密接な関係が注目されてきているのです。

 そこで、今回ご紹介する『「腸と脳」の科学 脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』(坪井貴司著、ブルーバックス)ですが、この脳腸相関のメカニズムについて詳細に解説されています。さらに、最新の研究から明らかになった腸と睡眠、記憶、精神疾患・神経疾患や発達障害、さらには食欲や肥満との関係についても触れられています。脳腸相関について深く理解したい方はもちろん、健康のために「腸活」に興味を持ち始めた方にも、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

「すべての病気は腸から始まる」――科学が証明する先人の知恵

 本書の著者である坪井貴司氏は、東京大学大学院総合文化研究科の教授であり、生理学や神経科学を専門とする研究者です。専門的な研究では、日本生理学会奨励賞、日本神経科学学会奨励賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞するなど、優れた業績を残しています。また、一般向けにも『知識ゼロからの東大講義 そうだったのか!ヒトの生物学』(丸善出版)や『休み時間の細胞生物学 第二版』(講談社)といった、生物学に関するわかりやすい書籍を執筆しています。

 坪井氏は本書の中で、「医学の祖」と称されるヒポクラテスの言葉を紹介しています。ヒポクラテスは「すべての病気は腸から始まる」と述べています。2000年以上前に語られたこの言葉の正しさが、最新の研究によって次第に裏付けられてきているのです。先人の知恵を取り入れつつ、最新の研究成果を正しく理解し、それを日々の生活に活かすことで、よりいっそう健康を維持できると坪井氏は述べています。それでは、本書の内容の一部を見ていきましょう。

ストレスでお腹が痛くなるのはなぜか――「脳腸相関」について

 緊張や不安でお腹が痛くなった経験がある人は多いでしょう。日常生活でも、ストレスや感情が腸の調子に影響を与えていることを感じる場面は少なくありません。このような現象は「脳腸相関」と呼ばれます。簡単にいうと「腸と脳が互いに深く影響し合っている」というものです。脳と腸はそれぞれ独立した器官ではなく、ホルモンや神経を通して情報をやり取りしながら密接に結びついているのです。

 たとえば、ストレスでお腹が痛くなるとき、体の中ではどのような変化が起こっているのでしょうか。ストレスを感じると、脳の視床下部から「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)」というホルモンが分泌されます。このホルモンは副交感神経に作用し、胃腸の動きを活発にする一方で、内臓の感覚が敏感になるよう働きかけます。その結果、腸が刺激を受けやすくなり、腹痛や下痢といった症状が現れるのです。満員電車で急にお腹が痛くなるのも、こうしたメカニズムによるものです。

 このように、腸と脳は密接に関係していますが、最新の研究により、脳と他の臓器との関連も明らかになりつつあります。例えば、腸と肺の「腸肺相関」、腸・肝臓・脳の「腸肝脳相関」、腸と腎臓の「腸腎相関」、さらには腸と筋肉の「腸筋相関」など、腸とさまざまな臓器の相関が解明されつつあります。

腸の中の小さな生き物たち――腸内マイクロバイオータとは

「〇〇菌を接種して腸内環境を改善しよう」という話をテレビや広告などでよく見かけますね。腸内には多様な微生物の集団がすみついています。これは一般に「腸内フローラ」と呼ばれます。まるでいろいろな種類の植物が群生しているかのように見えることから、そのように名付けられました。専門的には「腸内マイクロバイオータ(腸内常在微生物叢)」と呼ばれています。この腸内マイクロバイオータが脳腸相関と深い関係があることがわかってきています。

 腸内マイクロバイオータは「隠れた臓器」とも呼ばれています。腸内の微生物たちは、私たちが消化吸収できない食物繊維や油脂などを分解し、短鎖脂肪酸といった物質を生成します。これは体内のエネルギー源として利用されます。また、腸内マイクロバイオータはビタミンB群やビタミンKのようなビタミンを産出することもあります。ビタミンKは血液の凝固に必要な成分であり、欠かせないものです。他にも、乳酸菌やビフィズス菌が生成するγ-アミノ酪酸(GABA)といった神経伝達物質は、腸管神経系の活動を調節するために用いられ、脳と腸の連携に役立っています。

 腸内マイクロバイオータの組成は、国籍や年齢、個人によって異なります。3歳頃までに形成される腸内マイクロバイオータは、その後比較的安定した状態で維持されますが、食生活などの要因によって大きく変化することもあります。これまでのマウス実験から、腸内マイクロバイオータの組成が変化すると、全身の代謝や免疫、さらには行動にまで影響を及ぼすことが確認されています。すでに人間においても、腸内マイクロバイオータを整えることで自閉スペクトラム症やうつ症状が改善したとの報告がありますが、このような変化がどの程度人間にも当てはまるのか、さらなる研究が待たれます。

 近年の健康ブームに伴い、「栄養機能食品」「特定保健用食品」「機能性表示食品」などがますます普及してきました。しかし、こうしたサプリメントや健康食品を摂取するだけで健康になれるかというと、注意が必要だと坪井氏は指摘します。これらの商品はあくまで「食品」として販売されており、「医薬品」のような効能が期待できるわけではありません。腸を整えるためには、健康食品やサプリメントに安易に頼らず、バランスの取れた食生活を心がけることが最も大切です。そのためにも、正しい知識を身につけることが不可欠です。本書を通じて、正しい知識を学び、「腸活」を始めてみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
『「腸と脳」の科学 脳と体を整える、腸の知られざるはたらき』(坪井貴司著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000399029

<参考サイト>
東京大学 坪井研究室
https://lci.c.u-tokyo.ac.jp/

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