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『「マウント消費」の経済学』が示す日本経済の新たな可能性
物質的な豊かさを求めていた時代は、新しい家電や車などを手にいれるという「モノ」消費が中心でした。その後、「モノ」が広くいきわたると、私たちの欲望は「コト」、つまり「体験」に変化します。旅行して高級ホテルに滞在したり、地元では食べられないものを食べたりといった体験を消費するのが「コト」消費です。
現代ではSNSが普及したことにより、体験を他者に伝えることに価値が生まれました。この他者を意識した新しい消費の形を「マウント消費」と名付け、その現状とこれからについて考える本が『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著、小学館新書)です。
著者の勝木健太氏は1986年生まれで、幼少期の7年間をシンガポールで過ごしたそうです。京都大学工学部を卒業したのち三菱UFJ銀行に入行します。その後はPWCコンサルティング、監査法人トーマツを経て経営コンサルタントとして独立し、2019に起業します。この会社を売却してからは上場企業の執行役員を2年経験、現在は2社目を起業しつつ文筆家としても活躍しています。他の著書に『未来市場 2019-2028(日経BP社)』『ブロックチェーン・レボリューション(ダイヤモンド社)』『人生が整うマウンティング大全(技術評論社)』などがあります。
たとえばアップルの製品は「所有すること自体が価値となる」と言えます。特にアップルウォッチは興味深い対象です。従来の腕時計は「良い時計を所有している」というステータスでの競争でしたが、アップルウォッチでは「私はスマートで効率的、そして機能性を重視する人間です」というライフスタイルを示す手段となっています。加えて「高級時計に興味がない」という一貫性を持つ自己像を表現するツールです。つまり、アップルウォッチは「マウント回避」の象徴としての役割を担っています。著者の勝木氏は、同社の製品は機能的なツールとしてだけではなく、ユーザーが「自分の価値を再認識し、他者との差別化を図る」体験を提供するためのプラットフォームとして機能していると言います。
また、iPhoneに関してアップルが成し遂げたのは、「電話にカメラをつける」や「インターネットを持ち歩けるようにする」といった技術的進化だけではありません。アップルは「人々がテクノロジーを使ってどのように自分を見せたいのか」という深層心理を捉えています。ガジェットとしてというより、それ以上に「最新のiPhoneを持つ自分」というイメージを通じて優越感を得られる「マウントツール」として機能しているのです。
ここまでのことを踏まえて、イノベーションとは「技術の革新」ではなく「欲求の革新」であると勝木氏は言います。この点で日本の企業は「イノベーション=テクノロジーの活用」という狭い枠組みに縛られているとのこと。市場に受け入れられるだけでは不十分であり、「これを持つことで自分が他者よりも優れている」と感じさせる製品こそが消費者に満足感を提供します。こう考えると、日本企業は「当たり前」を疑い「なぜ消費者はその製品を欲しがるのか」という根源的な問いに向き合うべきです。
NOT A HOTELのコンセプトは「世界中にあなたの家を」というものです。まずは物件そのものが名だたる建築家により設計され、ミニマムでありながら緻密でアートピースそのものとのこと。リゾート物件とは趣が異なる存在感があります。ここは、「自分だけの特別な場所」を所有すると同時に「自己のセンスと価値観を表現する舞台」です。
また、デザインだけではなく、核心にあるのは「所有」という概念を根本から再定義するアプローチです。購入者は他者に貸し出すことに加えて、所有者が物件を利用しない期間はホテルとして運用する仕組みも整備されています。これにより維持管理の負担を大幅に軽減できる仕組みです。このことにより賢く所有しながら、所有者は「自分のセンスを他者と共有する」ことができます。つまり単なる「所有」の枠を超え、物件購入者に新たな自己表現の場を提供するものです。
この欲求が現代ではテクノロジーによって際限のない渦となっています。本書のあとがきで勝木氏は、テクノロジーの進化は人間を救うどころか、その「愚かさ」と「あさましさ」をより一層際立たせている、と言います。しかし皮肉なことに、この「どうしようもなさ」こそが、AI時代におけるクリエイティブの鍵となる最大の武器となるとも述べています。
本書では、現代起きているさまざまな消費行動の背景が「マウント」という言葉をもとに整理されます。「マウント」の欲求が現代社会でどのような役割を担っているのか、また今後どう扱えば良いのかといったことについて、深い気づきをもたらしてくれます。私たちが生きるこの先の社会のあり方について、たいへん大きなヒントを与えてくれる一冊であることは間違いありません。
現代ではSNSが普及したことにより、体験を他者に伝えることに価値が生まれました。この他者を意識した新しい消費の形を「マウント消費」と名付け、その現状とこれからについて考える本が『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著、小学館新書)です。
著者の勝木健太氏は1986年生まれで、幼少期の7年間をシンガポールで過ごしたそうです。京都大学工学部を卒業したのち三菱UFJ銀行に入行します。その後はPWCコンサルティング、監査法人トーマツを経て経営コンサルタントとして独立し、2019に起業します。この会社を売却してからは上場企業の執行役員を2年経験、現在は2社目を起業しつつ文筆家としても活躍しています。他の著書に『未来市場 2019-2028(日経BP社)』『ブロックチェーン・レボリューション(ダイヤモンド社)』『人生が整うマウンティング大全(技術評論社)』などがあります。
イノベーションとは「技術の革新」ではなく「欲求の革新」である
さて本書によると、「マウント消費」には日本の可能性があるということですが、「マウント消費」とは具体的にはどのようなものなのでしょうか。たとえばアップルの製品は「所有すること自体が価値となる」と言えます。特にアップルウォッチは興味深い対象です。従来の腕時計は「良い時計を所有している」というステータスでの競争でしたが、アップルウォッチでは「私はスマートで効率的、そして機能性を重視する人間です」というライフスタイルを示す手段となっています。加えて「高級時計に興味がない」という一貫性を持つ自己像を表現するツールです。つまり、アップルウォッチは「マウント回避」の象徴としての役割を担っています。著者の勝木氏は、同社の製品は機能的なツールとしてだけではなく、ユーザーが「自分の価値を再認識し、他者との差別化を図る」体験を提供するためのプラットフォームとして機能していると言います。
また、iPhoneに関してアップルが成し遂げたのは、「電話にカメラをつける」や「インターネットを持ち歩けるようにする」といった技術的進化だけではありません。アップルは「人々がテクノロジーを使ってどのように自分を見せたいのか」という深層心理を捉えています。ガジェットとしてというより、それ以上に「最新のiPhoneを持つ自分」というイメージを通じて優越感を得られる「マウントツール」として機能しているのです。
ここまでのことを踏まえて、イノベーションとは「技術の革新」ではなく「欲求の革新」であると勝木氏は言います。この点で日本の企業は「イノベーション=テクノロジーの活用」という狭い枠組みに縛られているとのこと。市場に受け入れられるだけでは不十分であり、「これを持つことで自分が他者よりも優れている」と感じさせる製品こそが消費者に満足感を提供します。こう考えると、日本企業は「当たり前」を疑い「なぜ消費者はその製品を欲しがるのか」という根源的な問いに向き合うべきです。
単なる「所有」から「自己表現の場」へ
勝木氏は「マウンティングエクスペリエンス(MX)」という概念を提唱します。これは「特別な体験の提供を通して、消費者が他者に対する優越感を実感できるように設計された体験」のことです。アップルはこのMXをうまく活用しました。他にも本書では「NOT A HOTEL」というスタートアップについても取り上げられています。これは、不動産を「所有する」という行為そのものがアイデンティティの一部となる特別な体験を提供するものと勝木氏は考えます。NOT A HOTELのコンセプトは「世界中にあなたの家を」というものです。まずは物件そのものが名だたる建築家により設計され、ミニマムでありながら緻密でアートピースそのものとのこと。リゾート物件とは趣が異なる存在感があります。ここは、「自分だけの特別な場所」を所有すると同時に「自己のセンスと価値観を表現する舞台」です。
また、デザインだけではなく、核心にあるのは「所有」という概念を根本から再定義するアプローチです。購入者は他者に貸し出すことに加えて、所有者が物件を利用しない期間はホテルとして運用する仕組みも整備されています。これにより維持管理の負担を大幅に軽減できる仕組みです。このことにより賢く所有しながら、所有者は「自分のセンスを他者と共有する」ことができます。つまり単なる「所有」の枠を超え、物件購入者に新たな自己表現の場を提供するものです。
マウントは根源的欲求であり、この先の武器となる
他にも、本書ではさまざまなサービスについて、それがいかに「マウント消費」と結びついて発展しているかという点に触れます。人間は自分たちが発展するために、また自分たちを守るためにさまざまな能力を身につけてきました。群れの中での立ち位置を把握し自らの安全性を確保するには、「自分がどれだけ強いのか」「どの程度認められているのか」を推し測って把握する必要がありました。このように「マウント」の欲求は人間の根源的な部分にあります。この欲求が現代ではテクノロジーによって際限のない渦となっています。本書のあとがきで勝木氏は、テクノロジーの進化は人間を救うどころか、その「愚かさ」と「あさましさ」をより一層際立たせている、と言います。しかし皮肉なことに、この「どうしようもなさ」こそが、AI時代におけるクリエイティブの鍵となる最大の武器となるとも述べています。
本書では、現代起きているさまざまな消費行動の背景が「マウント」という言葉をもとに整理されます。「マウント」の欲求が現代社会でどのような役割を担っているのか、また今後どう扱えば良いのかといったことについて、深い気づきをもたらしてくれます。私たちが生きるこの先の社会のあり方について、たいへん大きなヒントを与えてくれる一冊であることは間違いありません。
<参考文献>
『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著、小学館新書)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09825485
<参考サイト>
勝木健太氏のX(旧Twitter)
https://x.com/kenta_katsuki
『「マウント消費」の経済学』(勝木健太著、小学館新書)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09825485
<参考サイト>
勝木健太氏のX(旧Twitter)
https://x.com/kenta_katsuki
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