社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.02.08

ヒトの脳の進化を決定づけた「三項関係の理解」

ヒトの進化を物語る「あり得ないほど大きな脳」

 業績が頭打ち。収入が、成績が頭打ち…こんな頭打ち現象に悩まされた、あるいは、今まさに悩まされている方も多いと思いますが、今回はヒトの進化の過程で見れば、人類はこの頭打ち現象を見事に突破しているというお話です。そのヒトの進化を物語る何よりの証拠が私たちの大きな脳なのですが、自然人類学者で総合研究大学院大学副学長・長谷川眞理子氏によれば、ヒトの脳は「あり得ないほど大きな脳」なのだそうです。

 動物は、体の大きさに比例して脳も大きくなるのですが、それでもある程度の大きさになると頭打ち曲線を描くようになります。霊長類でいえば、体重およそ70キロのオランウータンも、およそ100キロのゴリラも、脳は大体380から400グラム程度。しかし、ヒトは体重60キロくらいだとすると、脳の重さは1200から1400グラムになるのです。

「三項関係の理解」能力がヒトの進化に貢献

 では、なぜヒトはこのように脳を大きく進化させることができたのでしょうか。そしてまた、なぜその大きな脳をもって、劇的なヒトの進化を成し得たのでしょうか。

 その理由の第一に、ヒトの進化において「三項関係の理解」という能力を得たことが挙げられます。たとえば、私とあなたの間に一本の花が咲いているとしましょう。そして、その花を私もあなたも近くで見ているとします。すると、「私は花を見ている」「あなたもその花を見ている」「あなたは、『私があなたと同じ花を見ていること』を知っている」「私は、あなたが『私とあなたが同じ花を見ていること』を知っている、ということが分かっている」というように、いわばヒトは何重もの入れ子構造で物事を理解することができます。このことが、「三項関係の理解」が意味していることなのです。

 こうした「入れ子構造で理解する」というのは平たくいえば、お互い、他の人の考えていることを想像したり、シミュレーションしてみることができるということです。それはつまり、そうすることによって、思いを共有したり分かり合えたりできる、ということです。このような複雑な理解のシステムは、ヒトの進化の過程で大きな脳を持ったからこそ、獲得した能力なのです。

共通基盤を意識することで脳は発達した-社会脳仮説

 このような入れ子構造型の理解、思いの共有は、私たちが想像する以上に、ヒトの進化において重要な役割を担ってきました。なぜならば、この「思いの共有」がなければ、言葉は機能しないからです。ただ単に、一人一人がそれぞれの心の中でイメージを持つ、考えを持つ、というように閉じてしまっていては、言葉はその機能を発揮しきれず、単なる信号で終わってしまいます。やはり、共通の基盤に立って思いを共有しようとしたところではじめて言葉は機能し、ヒトは知識や情感、イメージといったものを人類共通の財産にすることができたといえるでしょう。

 このように、お互いの関係の中で思いを共有しようとする脳の働きも、脳を大きくさせてヒトの進化につながった一因であると考えられており、それを「社会脳仮説」と呼ぶそうです。脳もひとりぼっちではいられない。人類はお互いの関係があってこそ、「脳力」を伸ばしたということですね。

ヒトの進化は「思いの共有」あってこそ

 「三項関係の理解」「社会脳仮説」と聞くと、なんだか難しそうですが、つまりは、私とあなたがいて、それぞれが思いを抱いて、お互いがそのことを知り、思いを共有しようとしたところからヒトの進化は始まった、ということです。そういわれると、これから言葉やコミュニケーションをおろそかにはできませんね。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏のすごさ…波へのこだわり

葛飾北斎と応為~その生涯と作品(2)『富嶽三十六景』神奈川沖浪裏への道

役者絵からキャリアを始め、西洋の画法を取り入れながら読本の挿絵を大ヒットさせた葛飾北斎。その後、北斎が描いていった『北斎漫画』や浮世絵などの数々は、海外に衝撃を与えてファンを広げるほどのものになっていく。60代は...
収録日:2025/10/29
追加日:2025/12/06
堀口茉純
歴史作家 江戸風俗研究家
2

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

なぜ空海が現代社会に重要か――新しい社会の創造のために

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(1)サイバー・フィジカル融合と心身一如

現代社会にとって空海の思想がいかに重要か。AIが仕事の仕組みを変え、超高齢社会が医療の仕組みを変え、高度化する情報・通信ネットワークが生活の仕組みを変えたが、それらによって急激な変化を遂げた現代社会に将来不安が増...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/12
3

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

ジャパン・アズ・ナンバーワンで満足!?学ばない日本の弊害

内側から見たアメリカと日本(7)ジャパン・アズ・ナンバーワンの弊害

高度成長のために頑張った日本は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の評価を得たが、その後の日本企業の凋落、競争力の低下を考えると、その弊害を感じずにはおられない。読書人口が減っている現状をみると、いつのまにか「世界...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/12/01
4

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

歴史の探り方、活かし方(1)歴史小説と史料探索の基本

「歴史を探索していく」とは、どういうことなのだろうか。また、「歴史を活かしていく」とはどういうことなのだろうか。歴史作家の中村彰彦氏に、歴史を探り、活かしていく方法論を、具体的に教えてもらう本講義。第一話は、歴...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/14
5

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授