●技術開発者から見たAIをめぐる日本の現状
司会:それでは、ただいまから鼎談「AI 人工知能がもたらす社会・企業変革」を始めたいと思います。先ほど松尾先生から、非常に示唆深い提案がありました(『AIで社会・ビジネスはどう変わる?』シリーズ参照)。今「AI」が非常に騒がれており、きちんとした日本なりのプラットフォーム戦略を持つべきであるという提案です。この分野では、西欧が若干進んでいるという話もあります。後ほどじっくり議論したいと思いますが、ロボットやものづくりなど、日本は西欧に先んじている分野を持っています。「目のある機械」をキーワードにして、とにかく正しく、早く取り組むべきである。こういうメッセージでした。
この提案を受けて鼎談に入りたいと思いますが、鼎談に入る前に、パナソニックの岩崎さまから、人工知能技術に対する期待とパナソニックの取り組みについて、10分ほどご紹介いただきたいと思います。
岩崎さまは、現在、いわゆる自動運転、先進運転システム支援の実現に向けたディープラーニングの研究開発に従事しています。人工知能の本当に肝だと言われているところです。岩崎さま、よろしくお願いいたします。
岩崎:皆さん、こんにちは。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。パナソニックの岩崎正宏です。本日は、製造業の立場から、人工知能技術に対する期待とパナソニックの取り組みをご紹介します。
まず「AIへの期待」です。人工知能学会の会員数の推移を示したスライドを示します。1980年代後半から90年代前半、これがいわゆるAIの第二次ブームと呼ばれるところです。会員数という意味では、もう既に第三次ブームで、第二次ブームに近付いて、ほぼ並んできています。人工知能の技術者が増えてきたという意味では、非常に喜ばしいことかなと思っています。
次のスライドは、知財(知的財産)の出願動向を示したものです。こちらについて、私どもはかなり課題意識を持っています。IPC分類のG06N、G06Fだと、アルゴリズム寄りの結果にはなりますが、「ディープラーニング」というキーワードで調べても、実は同じような傾向なのです。第二次ブームは日本がかなり先行していたという状況に対して、今はアメリカや中国にだいぶ置いていかれているのが、知財における状況です。日本としても、この知財戦略を考えていかなければいけないということを課題認識として持っています。
それから、AIのインパクトです。先ほど松尾先生からいろいろとお話がありましたが、期待がある反面、やはり私たち製造業としては、懸念や不安といった感覚も同時に持ち合わせています。社会という視点で見たときには、当然、人々の暮らしがもっともっと便利になっていくだろうという期待はあるわけですが、その一方でオックスフォード大学の論文にあるように、いろいろな職業がAIによって奪われてしまうという話もあります。
技術という視点で見ると、機器やサービスが賢くなるということです。そういう意味では、私たちのモノがもっと賢くなっていくことも一つのアプローチ、進む方向だとは思います。他方で松尾先生のお話にもあったように、ディープラーニングはすごい技術である一方、本当に何でもかんでもできるのか、やはりそうではないのではないか、という懸念もあります。
現在までに分かっているのは、例えば従来の認識技術に比べて、性能が20パーセントほど良くなったという事例が、ディープラーニングの分野ではたくさんあります。しかし、今まで全くできなかったことが、どのぐらいできるようになるのかという点については、まだまだ懸念があるということでした。
●「シグナルをシンボルに変える」AI技術への期待
岩崎 さらに事業という視点でAI技術を見てみます。私たちの商売はモノ売りですが、そこからの脱却の好機だとも捉えています。グーグルをはじめとして、事業構造そのものが大きく変質してしまうようなことが起こるのではないか。そういう不安感もあります。
これまでの弊社の事業に対してAIに期待できることを、製造業としての視点から考えたものを示します。「signal」と書いている部分を、カメラとテレビに置き換えて聞いてください。カメラで実世界の映像を撮ります。それを「signal」と呼びます。その「signal」に対し、画像圧縮技術や画像をきれいにする技術と使った信号処理を施して、美しい画像を映像として提供することを、これまでやってきました。
この「signal」を、「symbol」に変えることができる、これがAIであると、私たちは認識しています。実世界に存在する生データを、意味のある「symbol」に変える。これが、AIによる識別や予測、制御であると理解しています。つまり、新しい価値を生のデータから作り出すことができることがAIの新...