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ドイツが「世界的リーダーシップ」を取るときは来たのか?

現代ドイツの知恵と経験に学ぶ(7)ドイツの新たな役割

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
現代日本の抱える難問に対して、豊富なヒントを与えてくれるドイツ自身の進む道について、公立大学法人首都大学東京理事長・島田晴雄氏の考察が進む。激動と混乱の世界を救う新たな秩序に向けて、ドイツはリーダーシップの名乗りを上げるのだろうか。(全7話中第7話)
時間:09:49
収録日:2017/09/12
追加日:2017/11/14
カテゴリー:
≪全文≫

●「他国を信頼して依存する時代は過ぎた」のメルケル発言


 最後に、ドイツに期待される新たな役割について、日本から見たところを2点ほど指摘したいと思います。一つは、激動と混乱の世界を救う新たな秩序が求められている世界の中で、ドイツの役割をどう考えるかということです。

 アンゲラ・メルケル首相は2017年5月28日、ミュンヘンの大型ビアホールで開かれたCDU(キリスト教民主同盟)の連立党であるバイエルン州のCSU(キリスト教社会同盟)の大会で、"The times in which we can fully count on others are somewhat over, as I have experienced in the past few days"と言い、さらに、"We Europeans must really take our destiny into our own hands"と述べたと報道されています。

 恐縮ながら英語の新聞からそのまま引用しましたが、日本語でいえば、「この数日の経験で、私は、他国を信頼して依存する時代は過ぎたと思います。私たち欧州の国々は私たちの運命を本当に私たち自身の手で決めるときが来たと考えます」ということです。


●「アメリカファースト」への深刻な危機感


 この発言は控えめでしたが、世界中の関心を集めました。"last few days"(この数日間)は、彼女の発言の直前に行われたNATOの首脳会合とG7サミットを指すものと思われます。この二つの会合とも、メルケル首相はアメリカのドナルド・トランプ大統領と席をともにしていて、ほとんど隣の席でした。とくにG7サミットは、ドイツが開催国でした。

 これらの会合で、メルケル首相はトランプ大統領のあまりにも傍若無人で粗暴なふるまいにあきれ返ったといわれています。そして、それ以上にトランプ氏が、防衛でも経済でも環境問題でも、国際協力との意味と重要性を全く理解せず、一つ覚えのように「アメリカファースト」の独善主義を主張していることに深刻な危険を感じ取ったのではないかと思います。

 トランプ以前の世界では、曲がりなりにも世界が協力・協調して安全を守り、経済の繁栄を実現していく大原則を共有しているように見えました。トランプ氏の登場は、そうした世界主義もしくはグローバリズムに承服しない人々がアメリカやイギリスや世界各地にかなりの規模で存在し、しかも不満を持つ人々は増えていることを示唆しています。


●ドイツが世界のリーダーシップを取る時期が来ている?


 そうした世界の新しい状況を見据えて、とりわけ環境問題のような人類的課題に世界全体で取り組む価値観と秩序、そして指導力をどう確保したらいいのか。メルケル首相はそのことを深く考えているように見えます。

 おそらくそのための世界的リーダーシップを取るときが来ていると彼女は感じているのではないでしょうか。私見ですが、ドイツは世界のリーダーシップを取る方向に、今や勇気を持って進むべきだと私は考えます。

 しかし、ドイツは日本と同様に第二次大戦を枢軸国として戦い、しかもナチズムという非人道的残虐行為を働いた指導部を擁した歴史があります。つまり、世界史的な「負の遺産」を抱えているのです。ドイツがそのことを謝罪・反省・補償し、全く新しいドイツとして歩み出していることはこれまでに詳しく述べましたが、これまでのドイツはそうしたこともあって、欧州でリーダーシップを取ることにもまだ極めて慎重でした。

 しかし、現在の世界史的大転換の時代の混乱の中、世界秩序を再興するためのリーダーシップを追求することは、ドイツにとって非常に大きな挑戦ではないでしょうか。おそらくそのときはもう来ているのではないかと私は思います。


●EUとユーロ改革にドイツは身を切る覚悟を


 最後に考えたいのは、EUとユーロ改革に対して、ドイツは身を切る覚悟をすべきではないかという問題です。今、ドイツは世界のリーダーシップを取るときが来ているといいましたが、リーダーシップには大きな責任と膨大なコストが伴います。

 ドイツは、ベルリンの壁崩壊の機を捉えて、東西ドイツを統一し、欧州連合を強化・拡大し、ユーロを創設して一瀉千里に突き進みました。それらはいずれもドイツにとって莫大なメリットと利益をもたらしました。今日では、EUはドイツの拡大された生産基地の役割を果たしており、ユーロはドイツの生産性に比べた価値の低さによってドイツの輸出競争力を大幅に強めています。ドイツの一人勝ちはそうした「欧州のドイツ」といわれる大戦略の上に実現していることは否定できません。

 しかし、ユーロとユーロ圏にはそもそも基本的な設計ミスがあります。通貨統合というものは、財政統合があって初めて加盟国間の格差を自己調整する機能を持ちます。加盟国間に生産性の格差がある以上、財政統合のない通貨統合は格差をむしろ拡大する傾向があるのです。ギリシャ問題に代表される南北格差の問...
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