日本美術論~境界の不在、枠の存在
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日本美術を特徴づける「枠」の存在とは?
日本美術論~境界の不在、枠の存在(4)枠の存在への意識
佐藤康宏(東京大学名誉教授)
東京大学大学院人文社会系研究科教授の佐藤康宏氏が、日本美術を特徴づける枠の存在について解説する。伝統的なヨーロッパや中国の絵画では、画面の枠の中に描くべき対象の全体が収められてきたのに対し、日本の絵画では、絵の中の空間が枠を超えて広がり、鑑賞者に枠の存在を意識させる技法が用いられてきた。(全6話中第4話)
時間:7分42秒
収録日:2017年8月2日
追加日:2018年2月11日
カテゴリー:
≪全文≫

●日本の絵画は、画面の枠の存在に対して意識的だった


 2つ目の話題に移ります。画面の枠の問題です。19世紀のヨーロッパ・アメリカの美術では、ジャポニスムが流行しました。日本美術の造形的な特徴を取り入れて生かそうとする試みです。そのとき、彼らが、描かれたモチーフの一部を画面の枠によって切り取る浮世絵の手法を採用したことは、よく知られています。

 ここでは歌川廣重とアンリ・トゥルーズ=ロートレックの例を挙げておきます。伝統的に、ヨーロッパや中国の絵画は、画面の枠の中に描くべき対象の全体が収まるようにしていました。日本の絵画は、時折、画面の枠というものの存在に対して意識的でした。そのことを数点の例で観察してみます。


●映画のカメラのように、絵巻の視点は自由に動く


 12世紀の絵巻「信貴山縁起(しぎさんえんぎ)」は、3巻から成り、命蓮(みょうれん)という僧侶にまつわる説話を絵画化しています。第1巻は、いきなり奇蹟の場面から始まります。

 命蓮は、自分は信貴山にいながら超能力で鉢を山麓の長者の屋敷に飛ばし、お布施を受けていました。ところが、長者が施しを怠って、鉢を倉に入れたままにしたため、鉢は倉の錠前を破って転がり出ます。金色の鉢はそのまま千石の米俵が入った校倉を持ち上げて、空中を飛び、信貴山の上に長者の倉を運び去ってしまいます。ここで倉は、その下の方の部分しか見えません。上の方は画面の外側に出てしまっています。画面の枠が倉を切り取ることで、倉が日常の世界から切り離された、超常的な高さにあることが強調されるのです。

 長者は馬に乗り、供を連れて倉を追いかけます。倉はやはりそのほとんどの部分を画面の外に出して、空中をゆらゆらと飛んで行きます。絵巻の形式の源流は中国にあるのですが、中国の説話を描く絵画で、画巻(巻物)の形式に描かれたものに、同様の表現を見せるものはありません。いま知られている中国の画巻では、出来事は全て画面の枠内に収まるように描かれます。

 信貴山にたどり着いた長者は、倉を返してほしいと命蓮に懇願し、命蓮は倉を残して中の米俵だけを返すと言います。鉢に米俵1俵だけを乗せると、それに続いてほかの米俵も空中を飛び始めます。

 この場面でも、何十俵もの米俵は、その上の方が画面の上端で切り取られています。この現象が日常の世界をはるかに離れた高さで起こって...

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