日本美術論~境界の不在、枠の存在
この講義は登録不要無料視聴できます!
▶ 無料視聴する
この講義の続きはもちろん、
5,000本以上の動画を好きなだけ見られる。
スキマ時間に“一流の教養”が身につく
まずは72時間¥0で体験
仏像における「具象」と「抽象」の共存
日本美術論~境界の不在、枠の存在(2)仏像彫刻
佐藤康宏(東京大学名誉教授)
東京大学大学院人文社会系研究科教授の佐藤康宏氏が、仏像に見られる、具象と抽象の共存について解説する。神護寺薬師如来立像には、現実らしい造形と抽象的な表現が混在している。特に、薬師如来立像は唐の表現様式の影響圏内にありながら、自然らしさや合理性を払拭した、抽象的な衣紋が際立っている。(全6話中第2話)
時間:6分45秒
収録日:2017年8月2日
追加日:2018年2月9日
カテゴリー:
≪全文≫

●仏像においても、具象と抽象が共存している


 仏像においても、具象と抽象が共存しているさまを、例で示します。

 京都高雄山の神護寺の本尊「薬師如来立像」は日本の仏像の中でもとりわけ魅力的な彫刻ですが、その魅力も具象と抽象の共存にあります。

 像のいくつかの部分を見るならば、人間らしい肉体の現実感は確かに再現されています。眼窩(がんか)のくぼみも、細く見開かれた眼球の盛り上がりも、がっしりした鼻の形も、厳しく結ばれた口元も、きわめて巧みな、のみさばきによって形作られています。頬のふくらみも大腿部のはち切れるような充実感も、曲面が的確に示しています。しかし、それなりにリアルに彫り出された顔貌は、非人間的な要素、強調された仏の相(そう)と隣り合うことで、互いの異質さを際立たせています。仏の相とは、通例よりもかなり大きく隆起するように作られた頭のてっぺんの盛り上がりと、大ぶりの螺髪(らほつ)です。

 唐招提寺旧講堂の「伝薬師如来像」と比較してみましょう。旧講堂の木彫像は、唐から奈良の都へと渡った鑑真がもたらした新しい様式を示すもので、日本の木彫像の発達に大きな影響を与えました。神護寺の像もまたその影響圏内にあるのは明瞭です。しかし、多くの類似点を持ちながらも、神護寺の像は、唐招提寺の像とは決定的に異なる造形に達しています。

 例えば、股間に繰り返されるアルファベットのUの字の形をした衣文は、唐招提寺の像などに近い表現が見られるものです。唐招提寺像の衣文は、もともと中国の8世紀半ばの仏像で用いられた型に由来します。衣がその重みで垂れ下がっているのを写した、写実の痕跡をとどめているといえます。それに対して、神護寺像の衣文は、ずっと抽象的な形の繰り返しとして整えられています。

 縦方向に刻まれた衣文にも注目しましょう。唐招提寺の像の衣紋は、衣が両脚に沿って肉体に密着しながら生じるしわを表していますが、それに比べて、神護寺像の衣文は、もはやそのような自然らしさ、合理性を払拭しています。


●互いに反発する複数の要素の併存が、像全体に一貫している


 今度は、やはり唐招提寺旧講堂の木彫群のうち、「如来形立(ぎょうりゅう)像」と比較してみます。神護寺の縦方向に走る衣文の形は、ここに認められますが、こちらではその衣文がかろうじて太腿のボリュームの表現と一体になっていま...

スキマ時間でも、ながら学びでも
第一人者による講義を1話10分でお届け
さっそく始めてみる
「芸術と文化」でまず見るべき講義シリーズ
おみくじと和歌の歴史(1)おみくじは詩歌を読む
おみくじは「吉凶」だけでなく「和歌や漢詩」を読むのが本当
平野多恵
葛飾北斎と応為~その生涯と作品(1)北斎の画狂人生と名作への進化
葛飾北斎と応為…画狂の親娘はいかに傑作へと進化したか
堀口茉純
なぜ働いていると本が読めなくなるのか問答(1)読書と教養からみた日本の近現代史
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で追う近現代史
三宅香帆
百人一首の和歌(1)謎の多い『百人一首』
『百人一首』の歌が選ばれた理由とは?今も残る3つの謎
渡部泰明
日本画を知る~その技法と見方(1)写実・写意・写生
日本画で大切な「写意」「写生」の深い意味とは?
川嶋渉
クラシックで学ぶ世界史(1)時代を映す音楽とキリスト教
音楽はなぜ時代を映し出すのか?…音楽と人の歴史の関係
片山杜秀

人気の講義ランキングTOP10
豊臣兄弟~秀吉と秀長の実像に迫る(4)信長の直臣、秀吉の与力としての秀長
最初は信長の直臣として活躍――武闘派・秀長の前半生は?
黒田基樹
逆境に対峙する哲学(1)日常性が「破れ」て思考が始まる
逆境にどう対峙するか…西洋哲学×東洋哲学で問う知的ライブ
津崎良典
生成AI「Round 2」への向き合い方(1)生成AI導入の現在地
生成AIの利活用に格差…世界の導入事情と日本の現状
渡辺宣彦
葛飾北斎と応為~その生涯と作品(4)葛飾応為の芸術と人生
親娘で進歩させた芸術…葛飾応為の絵の特徴と北斎との比較
堀口茉純
人の行動の「なぜ」を読み解く行動分析学(1)随伴性
「なぜ人は部屋を片付けられないか」を行動分析学で考える
島宗理
インテリジェンス・ヒストリー入門(1)情報収集と行動
日本の外交には「インテリジェンス」が足りない
中西輝政
「アメリカの教会」でわかる米国の本質(1)アメリカはそもそも分断社会
「キリスト教は知らない」ではアメリカ市民はつとまらない
橋爪大三郎
平和の追求~哲学者たちの構想(6)EU批判とアメリカの現状
理想を具現化した国連やEUへの批判がなぜ高まっているのか
川出良枝
「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造
「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ
岡朋治
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み
なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み
今井むつみ