●トランプ政権の強圧通商の陰で泣く「マルチ」の世界
トランプ政権の通商政策が非常に話題を集めていますが、いくつかのポイントに分けてお話ししましょう。
ドナルド・トランプ氏が最も強く志向しているのは、まさに彼の言う「ディール(取引)」で、相手とテーマを明確にして、先方から譲歩を引き出すことです。通商政策の世界では、これがバイラテラル(2国間)の議論として行われるわけです。
通商政策が「バイ」と「マルチ」、さらにその中間の仕組みから構成されるのはご存じの通りです。WTO(世界貿易機関)のように多くの国が参加する機関で、世界的な貿易の自由化や通商について多国間が交渉をするのが「マルチ」。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)、あるいは日本とEUとの経済連携(EPA)など、多くの国が参加して貿易を自由化していく取り決めも、マルチに近い存在です。
それに対する「バイ」は、例えばアメリカから見る特定の国(日本、中国、ヨーロッパなど)を対象に相手の譲歩を求めていく形です。
どちらも大事なのですが、トランプ政権ではバイによって相手の譲歩を引き起こそうとする非常に強い勢いが特徴的ですから、結果的にマルチの世界が失速し始めています。
WTOはひどい状態で、ほとんど機能低下を引き起こしているのだろうと思います。何かを議論しようとしても、アメリカがこういう動きをしている以上、まったく議論できない状況が続いています。ご存じのように、TPPもアメリカが撤退することによって一時は破綻の危機だったのですが、アメリカを抜いた形でなんとか日本がまとめあげました。
そういう中で、アメリカは韓国やメキシコ、カナダとも交渉をし直して、自分の有利な方向へシフトしています。ですから、トランプ政権の今やっている貿易政策の「相手に譲歩を求める」こと自体よりも、それによってマルチやWTO、多国間自由貿易協定の流れが崩れ、弱まっていくことが、一番懸念すべきことかもしれません。
●米中「関税戦争」が引き起こした意外な成果
その上で、アメリカが要求していることを見ると、なかなか悩ましいものです。ただ、アメリカは別に相手に報復をしたいから通商政策を仕掛けてくるのではなく、相手の市場に参入したいから入ってくるのです。今、起きていることの中には、アメリカの圧力が結果的には市場を開放する動きとして出ている面もあります。
例えば、一番分かりやすいのは中国とアメリカのケースです。中国の知的財産権の扱いが非常にアンフェアだという名目の下、アメリカは6兆円を超えるような中国の商品に対して関税をかけることを通告して、中国側に交渉を求めたのです。
中国からの輸入品に対してアメリカ側が関税をかけるのは、アメリカにとっても中国にとってももちろん決して好ましくないことです。それに対して中国が報復として、アメリカの大豆や自動車などに関税をかけることも、米中両国にとってあまり好ましいことではありません。ここに、「関税戦争」が本格化したといえます。
ただ、一連の動きの中で、習近平主席はボアオ・アジア・フォーラムにおいて、中国の市場を積極的に開放するという声明を発表しました。特に注目しなければいけないのは、これまでは金融に関して、海外の企業が投資しても50パーセントを超える資本を持つことは認めなかった、つまり外資系企業が主導権を持った投資を認めなかったわけですが、保険その他の金融や自動車などに関して、これを開放していくと言ったことです。
これは、海外の企業、特に金融関係の企業にとってみると、非常に大きな意味があります。自動車もそうでしょうが、中国という非常に大きな市場で、自分たちが主導権を持ちながら現地で展開できる道が初めて開けたのです。
これがトランプ政権の圧力の結果かどうかは別として、結果としてはトランプ政権の圧力の後、中国にとっても、アメリカにとっても、また西側社会にとっても好ましい結果が出てきているということなのかもしれません。
●習近平政権にとっての市場開放の本当の意味?
ここから先は私の少しうがった見方になります。習近平政権は「ニューノーマル(新しい秩序、新常態)」を打ち出して、中国の産業を大きく変えると言っています。これまでは、どちらかというと輸出産業や製造業のウェイトが大きかったのが、むしろ国内産業やサービス産業にシフトしていく。その結果、成長率が少し落ちていくことも、あえて受け入れる。これが、ニューノーマルです。
ニューノーマルにおける中国の新しい産業は何かというと、サービス産業としては、金融、保険、医療、教育、小売などです。また、サービス産業の範疇かどうかは別として、ITにも力を入れます。こうした産業を活性化させるために...