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アフリカ出身のセプティミウス・セウェルがローマ皇帝に

五賢帝時代が去って~ローマ史講座Ⅸ(2)新時代の到来

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
セプティミウス・セウェルス
東京大学名誉教授の本村凌二氏が五賢帝時代終焉後から軍人皇帝時代になるまでの皇帝たちを語る古代ローマ史シリーズ。第2話はコンモドゥス暗殺後に出現したセプティミウス・セウェルスを取り上げ、2千年後のオバマ大統領と比較する。(全4話中第2話)
時間:08:20
収録日:2018/07/02
追加日:2018/09/05
カテゴリー:
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≪全文≫

●コンモドゥス暗殺後の混乱と帝位の行方


 コンモドゥスが亡くなった後のローマは、大変な混乱に陥ってしまいます。誰も、コンモドゥス亡き後の体制など考えていないうちに彼が殺されてしまうため、非常な紛糾を招いたわけです。何人もの人間が新帝に名乗りを挙げ、皇帝の位を買収しようとする者まで出てきました。ローマ皇帝の地位もここまで地に落ちたかというような連中が輩出するのが、コンモドゥスの暗殺後の時代でした。

 いろいろ出てくる中には、自分のできることを自慢した者もいれば、自分が皇帝になればどれだけ高額な出費に耐えるかを言い立ててみる者もいます。そのようなことが繰り返される中、「私こそは皇帝である」と名乗る者(「僭称(せんしょう)帝」)が3~4人も出てきました。まさに混乱の極致です。

 そうした混乱状態が2~3年ほど続き、セプティミウス・セウェルスが帝権を手に入れます。アフリカ在住のカルタゴ人で、カルタゴ人の祖先はフェニキア人に当たるため、ローマ人と呼べなくもありません。今でいえば、北アフリカのチュニジア辺りに住んでいた人です。この人物が多くの人たちの興味を引きつけ、信頼されるようになり、10年ほどの間、ローマ帝国に君臨することになります。


●非インド・ヨーロッパ系、最初の皇帝


 セプティミウス・セウェルスの非常に興味深いところは、厳密な意味ではインド・ヨーロピアン系の人ではなかったことです。北アフリカ出身で、フェニキア・カルタゴ系の血を引いていると言いましたが、これは印欧語族ではなく、オリエントに通じるセム語系の人であるということです。肌の色も、アフリカ出身ということもあり、黒とまではいいませんが、褐色の肌をしていました。

 ローマ皇帝の歴史をひもとくと、最初の段階ではローマの種族出身者に限られていました。それが、だんだんイタリア内の貴族に広がり、その後属州の各地からも皇帝が出るようになります。例えば、トラヤヌス帝は、スペインのイタリカというところの出身でした。そのような経緯を経て、必ずしもインド・ヨーロピアン系統ではなくても、皇帝になれる新しい時代がやってきたのです。


●価値観の期限を示すセプティミウスとオバマ


 皇帝アウグストゥスの時から数えると、ここまでに220年ほどたっています。面白いことには、アメリカにオバマ大統領が出現するのも、ジョージ・ワシントンから数えてちょうど220年ほどたっていました。

 つまり、そのぐらいの時間の幅があれば、最初の頃の純粋なローマ人といった価値観がほとんどくつがえされるわけです。もちろん生粋のローマ人などという者がどのぐらいいたのかということは分かりませんが、220年もたてば、価値観は変わるということです。

 同様に、それまでの「アメリカ人」という価値観に対して、白人同士の考え方ばかりでなく黒人の考え方も入れた方がよりアメリカ的であると強く打ち出したのが、10年ほど前のバラク・オバマ大統領就任(2009年)でした。


●ローマやイタリアのローカルな価値観に縛られない


 セプティミウス・セウェルスも、やはりアウグストゥスから数えて220年後にローマの為政者として君臨することになります。この皇帝は今流にいう白人ではなく、セム語系・オリエント系の人でしたから、それまで地中海に君臨してきたローマ皇帝とは少し異質なところがありました。

 それまでのローマ皇帝は、たとえ自分が属州出身であっても、ローマなりイタリアなりを中心に物事を考えていました。しかし、セプティミウス・セウェルスは違います。もう「ローマ中心」どころか「イタリア中心」にさえ物事を考える必要はないと考えました。

 ローマ帝国の中にいる自由人であれば、その価値は保全されると彼は考えました。イタリア中心主義ではない、ローマ「帝国」の完成です。ローマやイタリアというローカルな価値観に縛られない皇帝が出てきたことは、ローマ帝国が普遍的な存在になったことの、非常に象徴的な表れではないかと思います。
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