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哲人皇帝マルクス・アウレリウス…ストア哲学的な生き方とは?

五賢帝時代~ローマ史講座Ⅷ(8)マルクス・アウレリウスとストア哲学

本村凌二
東京大学名誉教授/文学博士
情報・テキスト
マルクス・アウレリウス
マルクス・アウレリウスは『自省録』という書を著したストア哲学者でもあり、プラトンが理想とした、哲人皇帝でもあった。今日なお重要とされるストア哲学の「不動心」とはどのようなものか。そして彼はどのような人物だったのか。東京大学名誉教授の本村凌二氏が解説する。(全9話中第8話)
時間:09:02
収録日:2018/02/08
追加日:2018/06/11
カテゴリー:
≪全文≫

●マルクス・アウレリウスはギリシャ語で『自省録』を残した


 アントニヌス・ピウスが次の皇帝に指名したのが、マルクス・アウレリウスという人物です。このマルクス・アウレリウスには『自省録』という自分の考え、あるいは経験を著した著作があります。しかし、彼は、それを誰かに見せようと思って書いていたわけではありません。

 彼はローマ人ですから母国語はラテン語ですが、この時代の知識人の典型としてギリシャ語で書いています。われわれの時代ならば書類を英語で残すのと同じように、当時の知識人の中には本をギリシャ語で残すことがあったのです。その中で、彼はさまざまな深い思索をめぐらすのです。


●ストア哲学は今の時代においても大事な考え方


 マルクス・アウレリウスはストア哲学者です。ストア哲学は、今の時代においても大事なところがあります。ヘレニズム時代からローマ時代にかけて、200年あるいは300年ほど、非常に広大な地中海世界がある種のグローバリゼーションを進めながら、全体としてはこの五賢帝時代に「パクス・ロマーナ」といわれる平穏な時代を築いていきました。そんな中、ものが豊かになり、それなりの繁栄をすると、人間の注意は精神的なところ、つまり心の中に向かうのでしょうか。ただ物質的に豊かになっていくところだけを追いかけていくと、際限がありません。今でもそれは大事なことだと思うのですが、それ以上にものを追求するよりも、自分の中では「心豊かな人間であるべきだ」と考える、そうした在り方がローマ時代にもありました。

 ストア哲学は、マルクス・アウレリウスが出てくるよりも300年も400年も前から、この地域に徐々に出てきていたのです。その中で一番の基本は「不動心」、すなわち周りの状況に左右されない、自分だけの価値観を確立するということです。「物質的にはもうこれくらいでいいだろう。では精神的に豊かに生きるにはどうすればいいか」という心構えのようなものを求めているということで、その意味では現代の問題とオーバーラップします。

 長く繁栄した時代が続いたため、ローマ時代のストア哲学は、このように不動心として周りに左右されず、自立しようという考えが定着していきました。


●ストア哲学における絶食と自死


 自立には2つの意味があり、「自分で立つ」という意味と、「自分で律する」という意味ですが、自立した人生を送るにはどうしたらいいか。仮に自分がこれ以上生きていて、人に迷惑かけるようなところがあれば、ストア哲学の考え方ではそれは自死ということになります。迷惑かけるぐらいなら、自らで死を選んだ方がいいということです。ただ、ストア哲学の場合には、その方法は絶食です。絶食して、いわば力が弱りきって老衰状態になって、最終的にはそういうことになるわけです。

 とはいえ、絶食はやろうと思っても簡単にできるものではありません。私も時々ストア哲学的な生き方をしたいと思うのですが、最後に絶食となっても、酒だけは飲むのではと思っています。ただ、それでどこまで生きられるかは分かりません。

 その意味では、ローマ帝国の時代にもさまざまな人がいました。典型的なのはディオクレティアヌスという後の皇帝です。彼はローマ皇帝の中で唯一、自分から進んで引退したのですが、最終的に絶食したかどうかは分かりませんが、それによって自死を選んだのではないかともいわれています。


●民主政の弱体化とプラトンが理想とした哲人皇帝


 現代の生き方の中で、さまざまなものの考え方や、物質的な誘惑やものがある中で、やはり不動心を養うというのは非常に大事なことです。そういう哲学を持っていたローマの皇帝としてのマルクス・アウレリウスは、いわばプラトンが理想とした哲人皇帝です。プラトンやアリストテレスの時代には、ギリシャの民主政が一度かなり没落して弱体化し、無残な姿をさらしていました。ですから、プラトンやアリストテレスは民主政に対してほとんど希望を持っていなかった、つまりそれは幻想だと考えていたのです。

 ではプラトンは何がいいかというと、独裁制です。ただその独裁者は非常に優れた人、賢人でなくてはいけないし、彼なりにいわせれば哲学者でなくてはいけません。立派な哲学を持っている人が独裁者になれば一番いいということです。

 一方、アリストテレスは、貴族政を主張しました。民主政だと、あまり見識を持たないような民衆が自分の意見を勝手に主張して、結局愚かなる民の政治になりかねない。一方、貴族は豊かであるから、ある種の見識も持っている。また豊かであるから不正にも走らない。つまり自分の富を不正な手段で得ることもしない、ということです。

 そのように、民主政の失敗を典型例として見たプラトンやアリストテレスは、哲人皇帝であれ、見識を持っ...
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