●米中の貿易戦争は日本にとって非常に切実な問題
「トランプ発貿易戦争」という話をさせていただきます。今、世界中が最も関心を持って注目しているのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領が中国をはじめ、世界諸国に一方的に仕掛けている高率の追加関税の問題だと思います。
トランプ氏は、これまで世界で協議して合意してきたWTO(世界貿易機構)の国際ルールを無視して、“America First”を掲げ、ほとんど無法な攻勢で世界に貿易戦争ともいえる事態を引き起こしています。この関税攻勢は貿易量を委縮させますから、世界経済全体を収縮させる恐れがあります。それは当のアメリカにも、消費や生産活動に必要な輸入品の減少と、物価の高騰をもたらす弊害があるわけです。
中国は大国のメンツにかけて報復関税で応じています。一体このチキンレースはいつまで続くのか、いうことです。それから、これからどのように展開するのだろうか。世界経済にどんな影響があるのだろうか。これは、われわれ日本にとって非常に切実な問題です。今回は皆さんと一緒に、事実をかなり緻密にフォローしながら、この問題について考えてみたいと思います。
●追加関税の応酬は一般の生活者にも相当な影響を与えることになる
2018年9月24日にトランプ政権が中国に、制裁追加関税の第3弾を発動しました。中国からの輸入品約2,000億ドル、日本円だと22兆円と言われているものに追加関税を課したのです。中国も600億ドル相当の報復関税で応じたのですが、両方とも即日実施でした。
こういう事態になると、一般の生活者が使うようなものにも関税がかかってきます。アメリカの発動対象は5,745品目で、これは一般経済に相当な影響を与えることになります。
トランプ氏がこういうことをやって、中国が報復を続けると、どうなるかということなのですが、彼は「それならこちらも、残りの輸入品全部に追加関税をかけてやる」と言っています。全体でどのぐらいかというと、輸入品の総量は5,000億ドルを少し超えますが、それに全部関税をかけてやるということを9月末に言っているのです。一体、このような応酬がどこまでいくのでしょうか。
●中国が握る鍵は「中国夢」と「国債」
アメリカと中国は、これまで第1弾、第2弾、第3弾と、3回にわたって追加関税の応酬をしています。アメリカの場合、中国からの輸入は年間5,000億ドル強に対して、中国の場合、アメリカからの輸入は年間1,300億ドル程度なのです。
第3弾までの応酬で、アメリカは、中国からの輸入に対してほぼ半額に相当する関税をかけることになったのですが、中国はすでにアメリカから輸入しているものの8割に関税をかけていますので、残りがあまりありません。そうすると中国は、チキンレースに敗退するのかということになるのですが、事態はそんなに簡単ではありません。
なぜかというと、中国は鄧小平の時代に開放改革戦略で、非常に成長したからです。鄧小平は、「韜光養晦」(とうこうようかい)という路線を堅持しました。これは「爪を隠して力を自分の中にためていく」ということです。ところが、習近平氏は「もうそんなことを言っているときではない」ということで、「中国の夢」というスローガンを高々と掲げました。中国語では「中国夢」(チョンゴーマン)と言って、中国に行くと分かりますが、ハイウェイでも店でもどこでも、大きく「中国夢」、「中国夢」と書いてあります。中国の夢とは何かというと、180年ほど前にアヘン戦争があったのですが、それ以来、中国にとっては180年間の屈辱の歴史の恨みを今こそ晴らすときが来た。中国人民の持てる力をフルに発揮してやるのだと、こういうことなのです。
中国は、実はアメリカの国債を最大に持っている国です。中国が「これを売るぞ」と言ったら、世界は大混乱に陥ります。実際に売るのは簡単ではないのですが、いよいよぎりぎりの状態になれば、「そういうことだってできるんだ」という強みが中国にはあるのです。ですから、中国が関税をかける余地がなくなったからといって、簡単に終わる戦いではないのです。
●米中の貿易戦争は世界経済に多大な影響をもたらす
米中のこのようなやりとりは、世界経済に多大な影響をもたらします。
どういうことかというと、世界経済では今、多くの国々、多くの企業は非常に精密なサプライ・チェーンという供給のネットワークをつくっているのです。中国からアメリカに輸出する製品は、中国で最終的に組み立てをして輸出することが多いのですが、中国がどのぐらい輸出する製品に付加価値を付けているかいうと、15パーセントもないのではないかと言われています。つい最近、諏訪の精密工業の人の話を聞いたのですが、もう中国に部品は売れないそうです。なぜならば、その部品を組み込んだ...