●蒸留などの基礎科学を完成させた錬金術師
岡部 面白いことに、昔の錬金術師は、熱力学的な知識はありませんでした。錬金術師はそういった知識がまったくなかったのに、こういうこと(前回までお話してきたこと)を知っているのですね。蒸留などは、紀元前じゃないですか。
いろんな状態図とか、蒸気圧とか、熱力学の知識がなくても、お酒を温めたあとで冷やしたら、おいしいお酒ができるとか、しかもそれは日持ちするとか、そういうことをみんな知っていたのですね。
―― 熱意だけでやっていたわけですか。原理原則は分かっていないけど…。
岡部 経験とトライ&エラーです。蒸留という手法を、お酒を含め完全に完成させたのは、おそらく中世の錬金術師でしょうね。
●レアメタル精製の研究者は錬金術師の末裔
岡部 もちろん太古の昔から手法としてはやっていますけど。僕たちは錬金術師の末裔として、工業用に使われる高純度のレアメタルの精製などをやっています。
―― 先生は錬金術師の末裔なのですね。
岡部 そうです。チタンの錬金術師です。
―― それは面白い話ですね。錬金術師がいなければ、ブランデーはできなかったわけですね。
岡部 できなかったわけです。そういう学問も、どうしてこうなるのか、ということも分からなかった。
―― やっぱり熱意って大事ですね。濃いウィスキーを作りたい、ブランデーを飲みたい、と。
岡部 他にも、飲むだけでなく、日持ちについても、ですね。保存食になります(長期保存できる)から。
―― 確かにそうですね。濁酒(どぶろく)じゃダメだけど、蒸留酒は保存食になる(長期保存できる)のですね。
岡部 これは大きいです。
―― それはすごいですね。錬金術師って大事な仕事をする人たちですね。
岡部 大事です。面白いのは、ヨーロッパとかに旅行していたら、チーズとか、ワインとか、パンとか、ハムとか、ベーコンとかいろいろあるじゃないですか。あれはどの組み合わせも全部おいしいですよね。あれはある意味では、おいしいものを作っているというだけではなくて、いざとなったら籠城できるように城の中に蓄えておける保存食なのです。
―― なるほど、面白いですね。
岡部 見事ですよね。そういうものを学問が完成する前から、みんな作ってやっています。それこそ、塩をまわりにふっておいたら、細菌が中に入ってこないとか。燻製にしておくのも同じです。経験的にやっているのですね。
―― 経験的にやっているのですね。先生たちは、経験的にやったものから原理原則を発見したり、因果律を発見したりと、本質的にやっている、と。
岡部 例えば、塩の濃度をどこまで高めていけば、水分の活量が落ちて生物は繁殖しない、とか。
―― 1000年でやっていたものが1年できる、と。
岡部 僕たちは後付けで説明しているだけ、というのもありますけどね。
―― 面白いですね。錬金術師って結構大変な人たちなのですね。
岡部 そうです。ニュートンも錬金術師です。ニュートンは、錬金術に時間を一番かけたという話です。そうした業績はあまり知られていないのですけど、彼が一番仕事をしたのが、錬金術の仕事らしいです。
―― やっぱりインセンティブが大事ですね。
●レアメタル精製における環境問題とコストの問題
岡部 ただ、昔の人はそれで体をよく壊していたそうです。
―― 今のレアメタルの採掘と同じで、必ず環境に害があるものが一緒に出る、と。
岡部 はい、有害な蒸気も出ますから。
―― でも、それを乗り越えてでもいくインセンティブがある。リワードってやっぱり大事なのですね。
岡部 大事です。
―― そういう意味では、中国の鉱山でまさに世界で一番安くレアメタルが採れるのは、そこの部分のマイナス要素を全部放っているからですね。
岡部 まさにそうです。不純物、廃棄物をどのように処分していくか。これはコストの問題ですから。
―― 先生が教えてくれたレアメタルって、別にレアでも何でもない。資源的にはいくらでもあるんだ、と。ただ、猛烈にコストがかかる。環境破壊が進む、と。そういうことですよね。
岡部 チタンとか、磁石の原料でもあるネオジウムですね。これは「希土類元素」といってレアアースですけど、そこらへんは資源的には無尽蔵と考えていいですね。
―― だから、海底などで掘っている場合じゃない、と。
岡部 ただ、もっと他に安くできるものがあるので、要するにコストの問題です。
これ(上のスライド)も同じです。全部コストです。例えば、塩と水を分離させるためには、それは加熱したら分離できます。ただ、そのためにエネルギーをかけますか、という話です。そんなことだったら、お日様が加熱して、雲になって落...