●「戦争とは欺く道」とはどういうことか
次に、「兵は詭道なり」という文があります。『孫子』の内容をまとめると、今までお話ししてきた「五事」と「七計」が重要ですが、もう一つ重要な内容としてこの「兵は詭道なり」という表現があります。要するに、戦争とは欺く道と論じています。
孫子読みは必ず『孫子』の重要な概念として、「五事」、「七計」、「詭道」の三つを挙げます。ですので、詭道に関して少しお話をしたいと思います。
「戦争は欺く道だ」というと、『孫子』は汚い、悪辣な方法を推奨していると解釈されることがよくあります。しかし、決してそうではありません。ここでいいたいのは、欺かれないためには、欺くこともよく理解していなければいけないということです。百戦錬磨とはさまざまな体験をしているので、敵の欺きに乗らないということです。それゆえに、百戦錬磨と呼ばれるのです。逆にいえば、汚い戦略などは邪道であるといって、きれいごとの戦略ばかり学んでいると、敵から欺かれてしまうということです。
現代の日本は平和呆けのような状態ですので、孫子に対して「聞くに堪えない」、「そのような汚いことをいっているのか」、などの評価があります。しかし、命のやりとりをするのが戦争ですので、それを考えればなんとしても勝たなければならないという心持ちになります。そのように切羽詰まった状況では、手練手管が多くあるほうが良いでしょう。
しかしここでは、きれいごとになってしまいますが、欺かれない、騙されないためにも、欺くことをよく知っておく必要があると解釈しましょう。
●敵を欺くためのさまざまな具体的な方法
具体的にはまず、「故に能にして之に不能を示し」とあります。自陣営の能力が高ければ高いほど、能力が低いように示すのが基本です。「うちの軍隊はこんなに優秀だ」とはあまりいわないほうが良いのです。むしろ、「うちの軍隊はこうしたところがおかしいので駄目だ」と示しておくべきなのです。
次にあるのは、「用にして之に不用」にするということです。用いやすく、用件が整った部分が多くとも、あえて不用に見せるという意味です。逆にいえば、そうした相手は、反対に実力を持った組織かもしれないと思って用心したほうが良いのです。
次の「近くして之に遠きを示し、遠くして之に近きを示し」というのは、近い場所に手筈が整えてあり、戦場がそこになれば、兵力をそこへすぐに結集することはできる、という場合でも、遠くにいて結集まで時間がかかるように見せておくことも重要だということです。
さらに、「利して之を誘ひ」とあります。有利に、あるいは利益があるように見せかけて、自分の最寄りの場所へ敵軍を引っ張ってくるという戦術です。次に、「乱して之を取り」とあります。いわゆる内部撹乱という手は、現代の戦争でもよく用いられている戦術です。
次に「実にして之に備え、強くしてこれを避け」。実力があるものに対して備えておく。相手が強ければこちらも強化すべきところをしっかり強化した上で、敵軍の強さを避けていくべきだと書かれています。次にある「怒りて之を乱す」とは、相手のリーダーを怒らせて、感情的にして乱すということです。
それから、「卑うして之を驕らせ」とありますが、これは下手に出て、相手を驕らせるということです。それから、「佚(いつ)にしてこれを労し」。この「佚」というのは元気溌剌の意味もあります。元気溌剌である場合には、さまざまな手を用いて相手を疲れさせることが重要です。
次に「親しみて之を離し」とあります。要するに、敵軍と一番親しい他国の部隊を取り込むことで敵軍を二分するということです。
それから「其の無備を攻め」。つまり敵軍の備えていないところを攻めるべきだと書いています。さらに「其の不意に出づ」。意図しないところに不意をつくということです。この点を理解するということは、逆にそうした戦術に乗らないということでもあります。
グローバル社会においては、ビジネスの交渉が徐々にインターカルチュラルになってきています。要するに、異文化の国の企業とやりとりをして、さまざまな価値観を持っている相手と交渉をしなければならないという場合にも、こうしたことを理解しておく必要があると思います。
●計算することで自軍を知ることこそが戦争を行う上で最も重要
「計篇」の最後の段落にうつります。まず「夫れ未だ戦わ...