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戦略を考える上で重要な「五事」の一つ目「道」とは何か

『孫子』を読む(2)計篇1~「五事」の一つ目「道」

田口佳史
東洋思想研究者
情報・テキスト
今回から『孫子』の具体的な内容に入っていく。前回強調された「戦わずして勝つ」という『孫子』の重要な哲学は、冒頭の文章からも読み取ることができる。また、その哲学を達成するために行うべき具体的なことは、「道天地将法」という「五事」によってまとめられている。今回はまず「五事」の一つ目である「道」の内容について、田口佳史氏の解説とともに詳しく見ていこう。(全5話中第2話)
時間:12:39
収録日:2019/05/30
追加日:2019/12/03
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≪全文≫

●冒頭の文に込められた『孫子』に通底する哲学


 それでは、本篇を読みましょう。まずは「計篇」です。

 冒頭で、「孫子曰、兵者國之大事。死生之地、存亡之道(孫子曰く、兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり)」といっています。これから戦略を説くという際に、戦争は国の最も重大事であると孫子は述べています。これはなぜかというと、戦争によって多くの国民の命が奪われるかもしれないからです。最近開発されている化学兵器などを用いれば、非戦闘員である家族の命さえも危ういのです。

 さらにそれは、存亡の道である、つまり国が滅びてなくなってしまうかもしれないと念を押しているのです。このような重大事を引き起こす大義名分はいくらでも簡単につくれてしまいます。ですから、「戦争だけはしてはならない」という指摘から始まっているのです。つまり、戦略論の本質は戦争をいかに回避するかという点にあり、戦争は簡単に行ってはならないという指摘から始まる凄さがあるわけです。

 また、続けて「不可不察也(察せざる可からず)」とあります。この「察」という字は家の中のお祭りと書きます。「祭」という字にはしめす・しめすへんが下にあり、神棚を表しています。要するに、肉をお供えしている場面を表した字です。神棚に向かって手を合わせ、沈思黙考することを「察」という字は表しています。

 したがって、戦うべきかどうかという決断は、一時の感情に任せて行うものではない。もっと慎重に行う必要があるということを冒頭で、巻頭言として指摘しているという点に、ぜひご注目いただきたいと思います。

 さらに、『孫子』は、戦争戦略論としてばかりではなく、ビジネスの心得をまとめた「ビジネス孫子」としても読めますし、さらには人生の心得をまとめた「人生孫子」としても読めるのです。例えば、「ビジネス孫子」として読んだ場合に、この章句はどういう意味を指すでしょうか。つまり、会社の企業活動は、まさに死生の地、存亡の道であると解釈できると思います。そんなに簡単に新商品を出したり、新事業に出たりすることは、断じてまかりなりません。慎重の上に慎重を重ね、熟考に次ぐ熟考で決定をする必要があるのです。

 さらに深読みをしてみましょう。現代は労働生産性の時代から創造生産性の時代に移りつつあり、いかに社員が頭脳のかぎりを使って、他社にない価値を生み出すかが重要であると言われています。その観点から『孫子』を読めば、生半可な頭の使い方ではなく、知力を絞り出して、他にない価値を創り出すのが社業であると冒頭の文章を読むこともできるのです。

 加えて人生に関しても、要するに「一寸先は闇だ」とここでいっていると解釈できます。思いつきや一時の感情で何かをいったり、行ったりすることはよくないという戒めとしても受け取れるのです。


●戦略を考えるためには「五事」が重要である


 次の文に進みましょう。「故經之以五事(故に之を經むるに五事を以てし)」。ただ慎重にといっているだけではなく、方法論として、大切なことを行う際には必ず五つのことをもって経めるように、といっています。この「経」(おさむる)という字は、「経営」や「経典」という字に用いられています。この「経」とはいとへんであり、糸がピーンと張ってあるところを表しています。機織り機械を表した字です。

 「経営」に関しても、伝統という糸がその企業を貫いていると考えることができます。「創業垂統」という言葉がありますが、創業とは業を始めるのではなく、垂統、つまり自らの企業の伝統をこれから構築していくことなのです。他社と違う存在意義を持っている、その証が伝統であって、企業理念であるということです。それを垂れる、すなわち明示することが創業なのです。他にない価値を提供すべく、ある理念を持ってこれから会社を始めるという言葉が「創業垂統」です。

 このような経営の「経」という字は、「経典」という言葉にも使われているように、重要な文字です。その字が使われているので、次の五つの事を軽々に扱うべからずとここで指摘しているのです。

 次に、その五つのことに関して「校之以計(校するに計を以てして)」とあります。そのためには、のちに具体的に述べますが、七つの計りごと、七つの比較をするべきだと主張しています。つまり、五事は自社の充実のために使うが、自社の充実がどの程度世間に通用するかが重要だということです。独りよがりで、自分の会社や軍隊充実したと判断するのではおぼつきません。常に敵との比較、競合との比較をしっかりしなければ意味がないのです。そこで「七計」と呼ばれる七つの比較を行うべきだと展開して行きます。

 まず、「而索其情(...
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