●冒頭の文に込められた『孫子』に通底する哲学
それでは、本篇を読みましょう。まずは「計篇」です。
冒頭で、「孫子曰、兵者國之大事。死生之地、存亡之道(孫子曰く、兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり)」といっています。これから戦略を説くという際に、戦争は国の最も重大事であると孫子は述べています。これはなぜかというと、戦争によって多くの国民の命が奪われるかもしれないからです。最近開発されている化学兵器などを用いれば、非戦闘員である家族の命さえも危ういのです。
さらにそれは、存亡の道である、つまり国が滅びてなくなってしまうかもしれないと念を押しているのです。このような重大事を引き起こす大義名分はいくらでも簡単につくれてしまいます。ですから、「戦争だけはしてはならない」という指摘から始まっているのです。つまり、戦略論の本質は戦争をいかに回避するかという点にあり、戦争は簡単に行ってはならないという指摘から始まる凄さがあるわけです。
また、続けて「不可不察也(察せざる可からず)」とあります。この「察」という字は家の中のお祭りと書きます。「祭」という字にはしめす・しめすへんが下にあり、神棚を表しています。要するに、肉をお供えしている場面を表した字です。神棚に向かって手を合わせ、沈思黙考することを「察」という字は表しています。
したがって、戦うべきかどうかという決断は、一時の感情に任せて行うものではない。もっと慎重に行う必要があるということを冒頭で、巻頭言として指摘しているという点に、ぜひご注目いただきたいと思います。
さらに、『孫子』は、戦争戦略論としてばかりではなく、ビジネスの心得をまとめた「ビジネス孫子」としても読めますし、さらには人生の心得をまとめた「人生孫子」としても読めるのです。例えば、「ビジネス孫子」として読んだ場合に、この章句はどういう意味を指すでしょうか。つまり、会社の企業活動は、まさに死生の地、存亡の道であると解釈できると思います。そんなに簡単に新商品を出したり、新事業に出たりすることは、断じてまかりなりません。慎重の上に慎重を重ね、熟考に次ぐ熟考で決定をする必要があるのです。
さらに深読みをしてみましょう。現代は労働生産性の時代から創造生産性の時代に移りつつあり、いかに社員が頭脳の...