●今の日本に危機感を抱いて、佐久間象山の本を書いた
―― 先生は山にこもり、長い時間をかけて史料も読みこまれ、ついに『佐久間象山に学ぶ大転換期の生き方』(致知出版社)という、先生が最も書きたかった人物についての本を上梓されました。特にそこでポイントとなっているのは、明治維新の際、その構想力を持って理想国家をつくるはずだった佐久間象山と横井小楠がいなくなってしまったという点です。その後、明治維新の実行部隊はいましたが、それが明治日本の限界としてその後につながっていき、昭和の悲劇を生んでしまいました。
こうしたことについて、先生はわざわざ山にこもり、命懸けでこの一冊の本にまとめられました。そのあたりから、お話を聞かせていただいてよろしいでしょうか。
田口 そうですね。私が今、すごく感じているのは、「日本はこのままで大丈夫だろうか」という危機感です。その意味で、今は佐久間と横井の時代と全く変わっていません。しかし当時は、その危機感を抱いている武士が何人かいて、外圧に対してこれをどう防ぐかという防御策を練るために、猛然と頭をめぐらせていました。毎日、それこそ寝る暇を惜しんで考えていました。それに対して、今は、もっとひどい状況になっています。まさに内憂外患です。
●日本はなぜ敗戦国家になってしまったのか
田口 当時も内憂外患で、近代国家を建設しなければいけませんでした。さらに、産業革命も達成しなければいけない。こうしたことを同時に実現しようとすると、ちょっとやそっとじゃできません。当時の人は、それを成し遂げたでしょう。
―― すごいことだと思います。
田口 これ自体はすごい。しかし、そうしたすごいことを行ったのですが、1868年から1945年までの期間で見ると、どうだったのか。結末としては、国家として1945年に敗戦を経験します。あそこまでみんなが力を注いだのに、なぜ敗戦国家になったのか。この問題の追求は今、絶対しなきゃいけません。同時に今のような転換期において、どう転換すべきか、国の形はどうすべきかという問題が、いろいろな分野で迫ってきているわけです。
―― そうですね。けっこう追い詰められてきていますね。
田口 追い詰められてきています。われわれがまず考えてみなきゃいけないのは、なぜ敗戦国家になって、310万人余りの同胞が死ななければいけなかったのかということです。この轍は2度と踏むまいということを、明確にしなければいけません。
●横井小楠と佐久間象山が殺されたことが重大な転機だった
田口 私にとっては、もう結論が出ています。今、おっしゃった横井小楠と佐久間象山という明治維新の構想係が、2人とも殺されてしまったからです。佐久間は明治維新の4年前に、横井は明治維新と同時に、殺されてしまう。構想係がいなくなってしまいました。どうするんだという時に、岩倉具視が「それはしょうがない。西洋国家を全部真似て、国をつくるしかないんだ」と言いました。ここはさすがです。それで、2年余りも留守にして、岩倉使節団はアメリカやヨーロッパを見てきました。百聞は一見に如かずで、ものすごく効果があったと思います。何しろ、説明しても分からないことばかりで、日本には何の淵源もなかったからです。
―― そうですね。
●明治維新以降、日本はアイデンティティを見失った
―― 1国のリーダーたちが、19ヶ月も空けてしまうというのは、ものすごい度胸です。
田口 大胆不敵です。でも、何しろ早急に近代化をしなければいけないので、それを実現しました。そのことはすごく良かったのだけど、問題は、その近代化は「和魂洋才」と言いながら、「洋魂洋才」になってしまったということじゃないかと思います。つまりそこで、日本のアイデンティティを見失ったんじゃないか。これが私の一番の懸念です。言い換えていうと、着慣れない西洋風の洋服を無理やり着て、西洋人に見紛うばかりの西洋人になってしまったということです。
ガンジーには、同じことをやろうとしたインドの主導者に「君は、もう1つイギリスをつくるのか?」と問うたという、有名な話があります。つまり、「こんなことには意味がない、インドはインドだ」と彼は言いたかったんです。私は、「日本は日本だ」と言いたいのです。
日本はこの轍を、もう1回踏もうとしています。今、第4次産業革命という新たな技術革新に際し、西洋のモノマネ国家になろうとしているんです。この状況に、私はひどく危機感を抱いています。
●横井小楠と佐久間象山の国家構想を明確にする必要がある
こうした問題関心から、殺されてしまいやり遂げることはできなかった明治維新の当時の構想係の2人が、どのような国家構想を持っていたのかを明確にする必要があると考えました。そこで5~6年かけて、昨年(2018年...
(田口佳史著、致知出版社)