テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

ピョートル大帝をお手本に日本の近代国家建設を構想

佐久間象山に学ぶ(3)日本の近代国家を構想する

情報・テキスト
ピョートル大帝
30歳ですでに一流の朱子学者になっていた佐久間象山は、その立場をあっさり捨て、外国語を学び、西洋近代技術を習得し、日本有数の蘭学者になった。ただ佐久間のすごさはその理論だけではない。今回は、日本の近代国家建設を構想した佐久間のすごさ、その秘密に迫る。(全5話中第3話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:09:30
収録日:2020/01/24
追加日:2020/03/18
≪全文≫

●30歳を越えてから全てを捨て、外国語と新しい技術を学んだ


 佐久間のすごさがどこにあるのかというと、30歳の時にはすでに、江戸で評判の朱子学者になっていたという点です。―― 30歳で最初は朱子学者だったのですね。

田口 そうです。しかも江戸にはいろいろな分野の名家があるのですが、そこで一番の人、つまり儒家の思想という分野で1番になりました。名家として『江戸名家一覧』に書かれたということは、松代の田舎から出てきて、江戸で儒家の塾を出し、認められたということです。当時は人生50年ですから、そこまで行った人たちはみな、残りの20年間を「私は高名なる儒学者、朱子学者です」と言って生活します。

 ところが佐久間は32歳の時、それを全部捨てるんです。

―― すごい決断ですね。

田口 どうしたかというと、それこそ丁稚小僧のように、全てを捨ててイチから勉強したのです。蘭学塾へ入門し、オランダ語を勉強しました。それまでの名声は、全部捨てたということです。なぜそうしたのか。なぜなら彼は、「夷の術をもって、夷を制す」という考えを持っていたからです。「夷」とは外国という意味です。ここまできたら、「外国の術をもって外国を制す」ということしか、もう手がないと佐久間は考えました。

 外国の技術に精通するためには、何が必要か。外国人と同じように、外国語が堪能でなければ、原書が読めません。原書が読めないと、技術を習得することはできない。彼はそう考え、「アーベーツェー(ABC)」から、つまりイチから蘭語を勉強したのです。すごいのは、普通の人だったら1年かかるところを、佐久間は2か月ぐらいの単位で全部習得していったということです。7年たつと、日本有数の蘭学者になるわけです。


●佐久間象山のすごさは全て自分でつくるところから始めたこと


田口 彼には30歳にして、日本有数の儒学者になったという基礎があります。そう難しいことではなかったと思うのですが、それにしても彼には危機意識がありました。「自分の人生なんてものは、どうでも良い。日本を救うには、そうした人間がまず出なきゃいけない」と。「君どうだ、やらないか」と言うのではありません。自分からやらなきゃいけないということです。

―― すごいですね。

田口 そう、自分からやったんです。それがすごいんです。それで、本当に日本一になりました。どうして日本一になったかというと、理論もすごかったけれど、全て自分でつくるところから始めたからです。例えば「びいどろ」や「ぎやまん」のようなガラス製品がありますよね。これらを佐久間は、原書を見て自分で作り、日本橋にある西洋の物を売っている場所へ持っていきました。そこで「これ、どうだ」と聞くわけです。それを見た人は「どこから仕入れたんだ」「どこの国の物だ」と答えました。つまり、「これは一級品だ」と折り紙を付けられたのです。そこで感じたのは、自分で何でも作り、作るときのさじ加減を理解していなければ、技術の本質は分からないんだということです。「理論は作ってみて初めて分かるのだ」と彼は言うんです。

 そして、次は大砲です。大砲も、佐久間は次から次へと作りました。大砲の種類は用途によって色々なものがあります。それを、佐久間はほとんど自分で、次から次へと作りました。その他にも、松代に行くと、彼が作った西洋の物がたくさんあります。それが全部日本初になっているのです。こんなにいろいろな物を作った人はいません。

―― 自分で作ってみないと、分からないと。単に原書を読むだけじゃダメなのですね。

田口 そう、それだけではダメなんです。


●技術を学び「戦わずして勝つ」を実践した


―― そこから、さらに実践ですね。

田口 そうです。そこから佐久間は、日本人向けの技術の習得について考えました。日本人が理解しやすい技術の習得というものがあるということです。もっといえば、西洋人は技術から入っているため、そこには精神がないと考えました。「われわれ日本人は、精神から入っている」と捉え、「われわれのほうがよっぽど、技術の特性をつかんで、その技術をうまく生かせるんだ。われわれのほうが勝つんだ」と考えました。彼は、そういう戦略なんです。

 そして、すでに彼はクラウゼヴィッツの『戦争論』を読んでいたといいます。ですから、戦わずして勝つという孫子の兵法の実践を、佐久間象山は自らやろうと思ったのです。


●ピョートル大帝を参考に、日本的近代国家の建設を構想した


田口 ですから、彼にとって至極残念だったのは、世界中の先進諸国から侮られる日本、これが一番でした。侮られちゃダメだ。そうすると、そこで「勝負あった」となってしまう、と。そうではなく、一目置かれる存在にならなきゃダメだ、と。その1番良い例がロシアです。ピョートル大...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。