●ウイルスとは何なのか
長谷川でございます。現在、新型コロナウイルスのことで世の中が騒がしくなっていますが、また新たなタイプのウイルスが出てきたということで、問題解決に向けて多くの方が努力されているところです。私は進化生物学の専門家として、ウイルスの進化に関しても研究者からいろいろ伺っています。ウイルスの専門家ではありませんが、いくつかウイルスに関する話をしようと思います。
まず、ウイルスとは何なのでしょうか。「生物なのか。そうではないのか」という質問に答えるのは、非常に難しい。細胞という固まりがなく、自分で仕事ができないという意味では、生物とは呼べません。ただし、自分自身を複製するための情報は持っています。つまり、細胞ではない袋のなかに、自分自身と同じものをつくるための遺伝情報が、アデニン、グアニン、シトシン、チミン(AGCT)の記号で書かれているのです。
普通であれば、生物は細胞のなかに酵素やATP (Adenosine tri-phosphate、アデノシン三リン酸)などの分子がたくさん持っています。自らを複製するための遺伝情報に加えて、工場の仕組みや材料のようなものを持っていて、エネルギーを生み出しています。ですから、細胞が自分自身の遺伝情報を複製して、自分のものと同様の細胞をもう一つつくって、分裂していくという過程を取ります。
ところが、ウイルスはそうした細胞を持っていません。ただ袋のなかに複製するための遺伝情報が入っているだけです。ですから、自分を複製しようとした場合、その潜在力はあるのですが、工場もエネルギーも材料もないので、ほかの生物の細胞のなかに入り込み、その細胞の力を搾取しなければいけません。そうしなければ、増えていくことができません。
ですので、生物とは何かという点を考えた際に、細胞膜で囲まれてエネルギーなどの出し入れがあるという定義を採用した場合、ウイルスは生物ではありません。ただし、自分を複製するという生物の重要な特徴は持っているので、生物といえないこともないということで、非常に難しい厄介な存在です。ですので、肺炎菌や大腸菌などの細菌類とウイルスは全く異なるというのは、大事な点です。
●遺伝情報しか持たないウイルスの構造
また、ウイルスは非常に小さいのです。普通の細胞の100分の1から1000分の1程度です。そのため、ろ過をして細菌を採取していた時代には、ウイルスは全て通過してしまうので発見できませんでした。具体的な大きさは、数十ナノメートルから数百ナノメートル程度です。
構造としては、遺伝情報が書かれた部分の外側を殻が覆っています。AGCTで書かれた遺伝情報がむき出しだと壊れてしまうので、「カプシド」というタンパク質の殻を持っているのです。そのカプシドという殻で覆われただけ(つまり遺伝情報とタンパク質の殻だけ)のものが基本ですが、その外側にもう一つ「エンベロープ」と呼ばれる別の袋で覆われている構造のものもあります。エンベロープは脂質で構成されています。つまり、タンパク質で囲まれたものと、その上にエンベロープという脂質の殻で覆われているものの2種類があるのです。
重要なのは遺伝情報ですが、ウイルスの遺伝情報は、DNAであるかRNAであるかのどちらかしかありません。DNAからRNAを生成して自分自身のタンパク質を合成するという普通の生物に見られる過程がありますが、普通、DNAはAGCTの配列が二重らせん構造になっており、そこに遺伝情報が書かれています。それを一重にほぐして、意味のあるほうの鎖からRNAができます。そしてRNAからタンパク質ができるのです。したがって、普通の生物はDNAと仕事をするRNAの両方を持っています。
ところが、ウイルスの場合には、DNAとRNAのどちらか片方しか持っていません。それも普通の生物と大きく異なる点です。しかも、RNAを二本持っているものもあれば、一本しか持っていないものもあり、複製する仕組みはさまざまです。ウイルス自体をどのように分類するのかというのも非常に難しい問題です。一応、さまざまなウイルス群として分類されていますが、それぞれがどのような関係でどのような起源で生まれてきたのかという点は、よく分かっていません。
●ウイルスが取り付く生物や部位は限定的
このように、ウイルスは複製だけができる非常に単純なものなのですが、複製するためには取り付く必要があります。ある生物に取り付いて、その仕組みを利用して自分を複製させるのです。どの生物に取り付くのかという点は、きわめて特異的、言い換えれば限られているということです。そのため、ヒトに感染するウイルスとそ...