●核ゲノムの、個人個人の違いに着目するという方法
とにかくミトコンドリアではよく分かりません。ではどうするのかということで、いよいよ核ゲノムの話に入ります。
核ですが、nuclear、核爆発、核分裂は全て同じことで、ウラニウムの核、つまり原子核です。ここでいう核は、細胞の核です。ただ、どちらも日本語では同じようにいいますし、英語でも「nuclear」「nucleus」と同じようにいいます。その中のちょっとした個人個人の違いを専門用語で「SNP(Single Nucleotide Polymorphism)」、日本語では「単一塩基多型」と呼んでいます。
ちなみに、日本の分子遺伝学、分子生物学では、「Nucleotide(ヌクレオチド)」は普通「nucleic acid」に関係することなので核酸と訳すべきですが、その中の大事なbase(塩基)だけに着目して「塩基」と訳すことが多い。つまり、ここでは一種の意訳で、単一ヌクレオチド多型なのですが、それを日本語では「単一塩基多型(single basic)」と訳しています。これは日本の特殊事情です。
なぜそれでいいのかですが、説明すると少し話が長くなります。DNA(デオキシリボ核酸)は、塩基、リン酸、デオキシリボースがつながったものであり、塩基が一番大事です。塩基には4種類あります。スライドにはA(adenine、アデニン)とG(guanine、グアニン)しか書いてありませんが、その横にC(cytosine、シトシン)とT(thymine、チミン)があり、つまり4種類あるということです。アルファベット順にいうと、A、C、G、Tの4つです。この違いは塩基の違いです。ですから、DNAの違いとは結局、塩基の違いのことなのです。
●核ゲノムにおいて人間は皆99.9%同じである
さて、人のゲノムは32億ありますが、その中で個人個人で違っているのは数百万です。片や約30億(32億)で、10の9乗です。億が10の8乗ですから、30億というと3×10の9乗、莫大な数です。それに対して、個人個人で違っているのは数百万です。10の6乗です。したがって、単純に比較していただくと、結局99.9パーセント以上、われわれはみんな同じです。ですから、赤の他人といって全然違うように見えるとわれわれは考えますが、実はほとんど同じなのです。だいたいチンパンジーもわれわれと99パーセント同じですから、全然違う生物種(動物)ですが、DNAで見るとチンパンジーもわれわれとよく似ているといえるのです。
それはともかく、99.9パーセントが同じですから、割合でいうと非常に少ないのですが、絶対量でいいますと数百万です。ミトコンドリアDNAは、1個の遺伝子の中にせいぜい数百個ぐらいの違いしかないのですが、それと比べると桁が違い、膨大な情報量なのです。それから、ABO式血液型も、数百万の違いの中の、多くてもせいぜい10個ぐらいの違いです。ですから、やはりヒトゲノムができたことによって、われわれはこういう膨大なデータを得ることができるようになったわけです。
●ヒトゲノムのうち常染色体に注目する
この図はヒトゲノムで、1番から22番までありますが、番号で呼ぶのは常染色体です。なぜ「常」というかというと、男性も女性も同じ数を常に持っているから、日本語ではそういいます。男性と女性の違いは、性染色体です。男性・女性の性です。XとYで、女性はXが2本、男性はXとYを1本ずつという違いがあります。ですから、それぞれの細胞をちゃんと見ることができれば、「この細胞は男性の細胞ですね」「女性の細胞ですね」と分かります。実際に私も学部にいる時、学生実習でこの違いを確認しました。
問題は男性です。先ほどいいました、男性はXとYと1本ずつで、一方、女性はXとXですから、女性の方が1個1個の細胞が持っているDNAの量が多いのです。つまり、初めから男性は負けているということです。なぜ負けているかというと、それはいろいろな遺伝病に関連することです。X染色体の中にはいろいろな遺伝子がありますが、男性の1個に対して女性は2個ありますから、女性はバックアップできるのです。そういうことで、男性・女性の違いは大きいわけです。
それはともかく、この図にあるように、逆にいうとY染色体はX染色体より小さいのです。ですから、Y染色体は男性しか持っておらず、しかも父親から息子に伝わるということで、非常に大事だと考える方も多いのですが、われわれ遺伝学の研究者はそうは思っていません。Y染色体はX染色体と違って小さいし、しかもその中に入っている大事な遺伝子は非常に少ないということで、われわれは基本的には、男性も女性も共通に持っている、1番から22番までの常染色体の中のDNAの違い(先ほどいったSNP)を使って解析しています。