●ヒトゲノムは情報量が多く、多くの祖先の情報が得られる
ヒトゲノムは、ミトコンドリアDNAやY染色体とは全く違います。私も男ですが、ミトコンドリアはあります。詳しくはお話しする時間はありませんが、これは重要なものです。ところが、ミトコンドリアDNAの場合、なぜか不思議なことに、精子の中にあったミトコンドリアのDNAは、受精すると残酷ですが卵の特別なシステムによって破壊されます。そして卵、すなわちお母さん由来のミトコンドリアが娘にも息子にも伝わります。つまり、私のミトコンドリアDNAは私の子どもには伝わらないということです。
つまり、さかのぼると結局、男性でも女性でも母親のミトコンドリアDNAをもらっているのです。その母親はそのお母さん、つまりわれわれの母方のおばあちゃんからもらっています。おばあちゃんは母方と父方、2人います。父方のおばあちゃんのミトコンドリアDNAは伝わっていません。あくまでも母方です。したがって、母系遺伝をするということです。
ところが、ずっとさかのぼっていくと、前回計算しました1024人の1人だけのおばあちゃん、つまりひいひいひいひいおばあちゃんのミトコンドリアDNAが伝わっているわけです。
Y染色体も同じです。この場合は、男性に限りますけれども、男性のY染色体は当然、お父さんから来ます。つまり、男性はX・Yですから、Xの方は母親から、Yは父親からで、おじいちゃんには父方と母方がいますが、母方のおじいちゃんの場合は伝わっていません。あくまでも父方です。ですから、父、父、父と、父系をたどります。つまり、ひいひいひいひいおじいちゃんをたどるということになります。すごく格好いいようにも思えますが、情報量から見ると、上の図を見ていただけば分かるように、たくさんの祖先のわずか1人の女性、1人の男性の情報しか分かりません。図の膨大な白の部分の人たちの情報が全く消えているわけです。
それを分かるのが核のDNAです。つまり常染色体で、それは両方ともあるからで、図の白い部分が全部分かります。一人一人の祖先の貢献度、つまり伝わっている割合は少ないのですが、全部を集めると膨大なデータ、情報量になるわけです。これを使います。
したがって、1人の人間のゲノムDNAでも、いろいろな祖先が分かります。これに関して、「一人の縄文人で何が分かるのだ?」と、われわれが縄文人のゲノムを最初に報告した時にも質問されたことがあるのですが、分かるのです。つまり、その縄文人の祖先をいっぱいかき集めた結果だからです。
あれは3000年ほど前の縄文時代の有名な福島県の三貫地遺跡で、その時代に生きていた人のDNAを使ったわけですが、それよりもう少し前の、例えば4000年ほど前に生きていたたくさんの人たちの集まったものが、その時代に生きていた彼、あるいは彼女のDNAなわけです。それを見て解析するのです。ですから、一人の人間のDNAからもいろいろなことが分かるわけです。
●集団の系統樹では、アイヌ人のばらつきが激しい
そういうものを使うのですが、今度は集団の系統樹が分かりやすいと思いましたので、図に示しました。これは人骨データの研究から提案された二重構造モデルを、まさに確認したものです。アイヌ人とオキナワ人はちゃんとくっついています。これを専門用語では「クラスターする」といいます。そしてヤマト人、さらに大陸の人々とくっつくことになります。
ただし、遠くから見てみますと、まるで2つの塊があるようにも見えます。すなわち、アイヌ人だけは非常に異質で、オキナワ人もヤマト人も同じヤポネシア(日本列島)だけれども大陸の人とよく似ているという見方もできます。それは、系統樹ということではなく、線の長さによるものです。線の長さが非常に違うということが昔からいわれているのですが、このようなゲノムの情報はだいたい5万前後で、個人個人の違い(SNP)を全部集めて、このような系統樹にしました。
今度は、集団ではなく一人一人を単位として示したのが上の図です。なかなか難しい図ですが、数学的に「主成分分析」という方法を使います。ここでは左右の成分と上下の成分の2つだけを出しています。実際にはもっとたくさんの成分があるのですが、一番大事な成分は第1と第2なので、それを出して平面で示しています。これは19世紀から知られていた方法ですが、20世紀に入ってコンピューターが利用されるようになってきて初めて、線形代数で逆行列の計算などが必要なものですから、できるようになりました。現在では、このようにパソコンでも簡単に図が作れるという時代になっています。
結果をお話ししますと、まず左右です。先...