●人新世のスタート地点を探る研究
前回お話ししたように、人新世を最初に提唱したのはパウル・クルッツェンたちでした。では、地質学的に見て、「本当にここから先は違うよね」と明らかに言えるのかどうか。その明確な痕跡を見いだすことはできるのか、という研究がたくさんなされています。
その中で、2020年に発表された「ネイチャーコミュニケーションズ」の「アース&エンバイロメント(Earth & Environment)」に掲載された論文を少し紹介したいと思います。この分野の研究は他にもいくつもあるのですけれども、シヴィツキーという人たちが研究した内容についてです。
彼らによると、11700年前に始まった完新世は、3つに分かれているといいます。「グリーンランディアン」「ノースグリッピアン」「メガーラーヤン」とあります。メガーラーヤン(あるいはメーガーラヤン)というのが4300年前から始まって現在までなのですが、このあたりから文明が起こり、都市ができ、工業化が起こったということなので、ここをもっとよく見てみよう、ということです。
彼らは1670年から1850年の年代を、「工業化・産業化が始まる前のあけぼの」としています。1850年から1950年の百年間は工業化・産業化進行中の時代。そして、それ以降というふうに分けて、いろいろ詳しく見ていったわけです。
●文明による痕跡を示す3つのグラフ
彼らの論文の中には、非常に衝撃的な図がたくさんあるのですが、ここに3つ挙げました。横軸は全部0が現在(2020年)で、今からさかのぼること何年という尺度で、100年前、200年前、300年前という具合に刻み、12000年前まで取ってあります。
最初のグラフは「地球全体の人口」、次が「地球の総エネルギー消費量(年当たり)」、最後が「地球全体のGDP(一人当たり、年当たり)」です。それを12000年前から現在までというのでプロットしてみたときに、1850年を示すのが紫色の丸です。ずっと何も増えないで平らに続いてきた最後のあたりですね。
青い四角が1950年。これはちょっと上がっています。ところが、そこから先が爆発的で、今までほとんど増えなかったのが急激に増えています。地球の人口もこのように増えていて、現在は80億人近くになっています。総エネルギー消費の年間当たりも急激に上がって、地球全体の経済活動も急激に上がっている。この変化は、やはり明らかに区別できるものですよね。
●エネルギー消費とGDPが示す人新世の始まりとは
地球の人口がこれだけ増えたのに伴ってエネルギー消費も増えているので、今度は横軸を地球の人口にしましょう。10億人ぐらいから、20億人、30億人ときて、今は80億人近くになったわけですが、増えてくるに従ってどうなったのか。それに加えて、1850年や1950年はどうだったのかを見てみます。
まず、人口増加率を見ると、1850年も1950年もそんなには増えていなかったのに、そこから先がおびただしく増えたわけですが、増加率自体は最近は減ってきています。増える率は減ってきたということです。
次に、一人当たり年間エネルギー使用量ですが、これはずっと昔から増えてきています。年間の一人当たりGDPも同じように増えています。では、ここでもう1つ、GDPがどれだけ増えているかということを、エネルギーを使った量で割ってみます。そうすると、これは上がっている。ということは、エネルギーを投入した量に対して、増えたお金はもっと増えているわけだから、効率よく金持ちになってきていることは確かだということが分かります。
人口の増加率自体は減ってきた。エネルギー使用量もGDPもどんどん上がっているけれども、投入するエネルギー量当たりに対しての見返りとなる経済発展は効率よく達成されるようになってきている。しかし、先ほども見たように、全てがあまりにも右肩上がりなので、これはおかしいでしょうということです。
結論として、1950年代以降、本当に顕著な違いがあるので、これは新しい時代、"人新世(Anthropocene)"といっていいでしょうということで、後代の人が発掘したときに「全然違う時代だね」と言うだろうことが分かるかと思います。