●日米のベンチャーキャピタルの違い
―― 日本の特性についてお聞きします。ひと昔前は、日本だとなかなかベンチャーをやりづらい、欧米、特にアメリカと比べると身動きが取りづらいという話を聞きました。先生は実際に関わってみて、日本のメリット・デメリットや、どのあたりを直すとより良くなると思いますか。
片岡 われわれが創業したのは1996年で、ずいぶん昔です。その頃に比べると日本の中でのベンチャーの数、ベンチャーの投資額は飛躍的に上がっていると思います。世の中のいわゆるベンチャーやスタートアップに対する見方もずいぶん変わってきたと思います。やはりこれは世界的に見ると、スタートアップ技術を取り入れたほうが結果的にうまくいっている会社が多いことが理由だと思います。それを見てきているだけに、比較的大きな企業の、ベンチャーに対する理解度が上がっているというのはあるのではないでしょうか。
ただ、そうはいっても、やはり欧米に比べて、ベンチャーキャピタルの資金量は本当に桁違いに少ないと思います。ITベンチャーなどは比較的資金量が少なくてもできますが、バイオベンチャーや、ものづくりベンチャーになってくると、短期間に多くの資金を集めてくるのは簡単なことではないと思います。
ですから、ナノキャリア(現・ナノMRNA)も開発資金のかなりの部分は海外で、海外の投資家からの投資だと思います。国内だけではありません。国内だけの投資ではとてもできないからです。
でも逆にいうと、こういう創薬やものづくりに関しては皆そうですが、もう国境はありません。だから日本発のベンチャーがずっと日本でやる必然性はあまりないのではないかと思います。
―― なるほど。
片岡 われわれはまた別のベンチャーにも関与していますが、研究室を日本だけではなく、ボストンにも持っています。そうやってグローバルに考えていくことが必要だと思います。
●起業を取り巻く環境と文化
―― なるほど。今はベンチャーに対する意識や夢がだいぶ変わってきているというお話でした。最近でいうと大学生、例えば東京大学の学生の中でも、自分の身の振り方としてベンチャーを目指す方も多いと聞きます。おそらく多くの若手研究者が、ベンチャーのような動きをするにはどうすれば良いのかを考えていると思います。先生には実際に1996年から(ベンチャー企業を)やられてきたご経験があります。(そうした人たちに向けて)エール、あるいはどういうところに気をつけて、どのようにやっていけば良いのかというメッセージがあればいただけると有難いです。
片岡 やはり大切なのは、どういうスタンスでやるかです。「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」といいますが、魔の川は簡単に渡れても、死の谷で落っこちてしまうかもしれません。どっぷりやっていると、2階に上がって、はしごが外されてしまったときに困ります。
アメリカは動きが速い。ベンチャーをやった後、すぐ大手企業に就職して、そこを辞めてまたベンチャーをやるというのは、割と簡単にできます。しかし、日本の場合は社会全体がそうなっているかというと、必ずしもそうではありません。
話としては全然違いますが、ポスドクの問題として出てきた話と似ています。(「ポスドク1万人計画」ということで)じゃんじゃんポスドクになる人が増えた結果、彼らの行き場がなくなってしまいました。
スタートアップを鼓舞するのは良いですが、そこにチャレンジして十分な経験を積んだ人たちが割を食わないようにしないといけません。そうしないと揺り戻しが来てしまいます。
―― そうですね。その点は、今先生にご指摘いただいた人材の流動化、社会の流動化がとても大事な要素になります。
片岡 では、それができますかというと、そう簡単ではないでしょう。やはりそのあたりはよく考えてやらないといけません。それ行けドンドンで、みんなにやらせてはいけません。いつまでも魔の川でいるわけにはいかないのです。ベンチャーキャピタルにしても何にしても、何度も何度も投資はしないのです。一番問題なのはスピードです。こういう分野は進歩が速いので、もたもたしていると別の技術が出てきてしまいます。
特にバイオの場合は許認可制なので、承認を取ってしまうと楽です。なぜなら、同じ性能のものは入れません。承認制度によって守られるからです。だから、ベストである必要はなく、ベターで良いのです。ベターであって、かつ速く承認を取ることです。それをやらないと次々といろいろなものが出てきて、いわゆるモダニティが変わってしまいます。今はスタートアップが過熱気味ですが、それが次どうなるのかがポイントではないでしょうか。
―― そうですね。
片岡 要するにシリコンバレーやボストン地区のように発展するかどう...