●「自分の不安を囲い込む」ということ
―― 江上先生は、『会社人生 五十路の壁』(PHP新書)の中で非常に印象深いことをおっしゃっています。「五十路の坂」を上手に下るためにどうするかについて、50代の転職は非常に厳しいので会社にしがみつくのも一つの方法であり、また会社を出るのも一つの方法である、と両方について助言されています。これについて、今の状況を含めてどうお考えになりますか。
江上 今、50代のさまざまな人に会う機会があります。環境の変化に対応し切れていない、あるいは対応しようともがいている会社で働いている人は、今や激しいリストラの憂き目に遭っていますね。
その中で、多くの人が「うちの会社は65歳まで、なんとか雇用してくれるようです」と言うのです。そのとき私は正直、「良かったね」と思います。50代で役職定年になり、ポストはなくなる。今まで部長などだった人が、単なる普通のスタッフになってしまう。けれども、なんとか雇用してもらえる。それはそれで一つの道だと思います。
けれど、私が49歳で会社を辞めたから言うわけではないですが、こういった厳しい環境になると、不退転の決意を持って会社を出ることも考えなくてはいけないと思うのです。ただ、自分の会社そのものが環境適応できていないのではないか。そして自分自身も環境適応できていないのかもしれない――こう思うと、やはり今後についてものすごく考えてしまう時間がある。
例えばジャレド・ダイアモンド氏は『危機と人類』という本の中で、「危機を囲い込め」と言っています。今、50代の人がやるべきことは、「自分がいったい何を不安に思っているのか」を、マトリックスでも作って、具体的に囲い込むことだと思います。
例えば、子どものこと、会社での出世のこと、同期からの遅れ、あるいは役員になれる可能性など、いろいろな要素があるでしょう。その中で、いったい自分は何を本当に求めているのか、ということです。
どんなに頑張って社長になろうと何をしようと、会社人生は60歳そこそこで終わりを迎えます。そこで、名誉も地位も金も全て手に入れようなどと50代の時分から考えると、おかしくなると思うのです。そういった欲望だけでマトリックスを描いてしまうと、結局、この時代環境に適応できません。これだけ変化の激しい時代になれば、その中で「上手に何かを捨てていく」くらいの気持ちでなければいけないと思います。
●「SDGs」のすすめ~持続可能な暮らしとはどういうものなのか
江上 ひとつ新しいことを提案させてもらうとすれば、最近、「SDGs」という言葉をよく聞きます。私はときどき考えるのです。今は企業が「SDGs(持続可能な開発目標)」を掲げています。国連が提唱し、人権、環境、社会などいろいろなことについて「SDGs」に取り組むということで、会社もそのような経営方針を立てている。
こうした変化対応は企業についての話ですが、人間も同じではないでしょうか。サラリーマンも「SDGs」だと思います。自分の生活、あるいは自分を取り巻く環境が、どうやったら持続可能か。これから先の60代、70代の生活を楽しく送っていくために、どういった持続可能なものをチョイスしていくか。そのような将来について考えるのにちょうどいいタイミングが、50代だと私は思います。
持続可能な暮らしとはいったいどういうものなのか。やはり家族を一番大事にしたほうがいいのか。あるいは地域を大事にしたほうがいいのか。私は、「SDGs」とはきっと、極端な言い方をすれば自分の半径500メートルほどを取り巻く、非常に身近な環境を大事にするものではないかとも思うのです。
そのような考え方から、生活を見直してみる。例えば、取引先との接待などといった世界ばかり歩んでいた人は、一度、近所の人や自分の家庭を見直してみる。仕事においても、利益ばかり追求していたものを、社会に貢献するようなことができないだろうか、自分はいったい何のために働いてきたのだろうかと見つめ直す。そういった考え方の変化も、「上手に下る」ための方法だと思います。
●人生に無駄なことはない
―― これは本当に人によって千差万別なので、自分一人の力で仕分けをする。先生がおっしゃるように、何が問題なのか、どこに課題があるのかを、自分でプランニングしていくのですね。
江上 本当に不安なのです。私も50代のとき、日本振興銀行破綻の処理をしました。あのときは周りの後ろ盾もなく、「せっかく作家としてある程度、世間の評価も得られるようになったのに、これで全て失ってしまうのか」と。ましてや巨額な損害賠償をかけて民事裁判で訴えられたりしている。本当に不安なのです。
でも人生に無駄なことは本当にないのです。一歩ずつ、一つ一つの問題を解決していけばいい。そのとき自分...