●自分の能力は他社でも役に立つか
―― (サラリーマンは)会社の中で働いていますから、その会社の中で使えるノウハウは持っています。それこそ先輩が積み上げてきたもの、それこそ制度なども受け継がれ、それを使いこなすことはできるけれども、自分が何かを生み出せるのか取ったら、必ずしもそうではありません。仕事ができている気になっているのと、実際にできるのとでは、大きく違います。
江上 そうですね。ただ、50代にもなれば社会経験を数多くしています。そのため、例えばどこかの中小企業やベンチャー企業に入っても、そこで新しい制度を作るなどとなったときに、これまで培ってきた人脈を応用すれば、優秀なスタッフを連れてきたり、教えを請いながら実行したりできると思うのです。
●「人脈の棚卸し」、会社を離れても付き合いたいかどうか
―― 今のお話は、この本(『会社人生、五十路の壁』)でいうと「スキルの棚卸し」についてだと思います。もう一つの印象深いお話が、「人脈の棚卸し」「名刺の棚卸し」です。今まで付き合ってきた人を今後はどう見ていくかというところです。
江上 これは大事ですね。特に50代で、これから先、会社を変わりたい、または変わろうと考えている人にとっては大切です。
私は、池田成彬(しげあき)という三井財閥の大番頭だった人の小説を書いたことがあります。『我、弁明せず』(PHP研究所)という本ですが、戦前の非常に素晴らしい経営者でした。
この人の言葉に、「貯人」があります。彼はある財界人から、「一緒に投資して事業を興そう。お金儲けをしようではないか」と誘われるのです。というのは、池田成彬は、自分のもらっているお金――当時は大変に高給だったと思うのですが――を全部、人脈づくりに投資していたのです。それを心配されて、新規事業の誘いを受ける。ですが、池田成彬は友だちに、「いや、自分は人脈づくりにお金を使っているからいいのだ。『貯人』が何より大事だ」と言うのです。彼は、戦前の軍部が非常に厳しい時代に、その人脈のおかげでなんとか生き抜くことができたのです。
―― 自由主義者といって迫害されますからね。
江上 そうです。団琢磨(大正・昭和初期の実業家、三井財閥の最高指導者)などが暗殺される中で、彼は生き抜いてくるのです。
私は「貯人」という言葉を聞いたときに、その通りだと思いました。というのは、「スキルの棚卸し」をして私にどのようなスキルがあるだろうと考えてみても、英語もできない、フランス語もできない、ドイツ語もできない、海外にも行けない、細かい事務もできないとなったときに、「では、今まで何をやってきたか」と。
そうすると、銀行を辞めたときに名刺のファイルが非常にたくさんありました。そこで、自分が会社を辞めても付き合いたいと思う人、あるいは会社として付き合ってくれた人という具合に、名刺を整理していったのです。そうすると、前者は非常に絞られてきます。その名刺はマスコミの人間であったり、いろいろな関係の友人であったりするわけですが、何冊も束になっている名刺を整理すると、本当に数少なくなる。
―― 会社を超えて付き合ってくれる人は、ですね。
江上 そうです。あるいは、素のままの「江上剛」という人間を評価してくれて、忌憚なく、腹を割って付き合おうと思ってくれる人の名刺は、ほんのわずかです。このような名刺の仕分けを行うと、実際に残るのは少しだと思います。
そういった人を大事にしていると、いざというとき――例えば何か新しい事業を興したい、独立したいといったとき――に必ず、名刺の棚卸し、人脈の棚卸しをした後に残った人間が頭に浮かんできます。私が小説家としてなんとか暮らせていけるのも、そういった人間が仕事をくれたり、アドバイスをくれたり、いろいろとしてくれたおかげでもあります。
―― そこまでの人は、膨大な名刺の中でもほんの一握りになるのでしょうが、そういう人を持てるかどうかは大きいでしょうね。
江上 今からでも遅くないと思います。会社の中で、例えば営業を担当しているとします。営業というのは本当に大変なスキルだと思いますが、なかなか世の中の人が評価してくれないことが多いですね。
そのときに、会社のために営業する、自分の成績を上げるために営業する、といったことだけを行ってきたら、なかなかそのような人脈は築けないでしょう。
だけど、同じ機械やモノを売るにしても、本当に相手にとって役に立つのか、本当にかゆいところに手が届くほど親身になって話ができるのか、あるいはプライベートの話を一緒にできるのか。こういった関係を築いてこそ、本当の意味で営業マン冥利に尽きるのではないでしょうか。
そういった関係の人はたくさんいるわけではないでしょうが、今の段階からも...