●ブランドを媒介としたコミュニケーションの有効性
企業ブランディングというやり方と健康経営が非常に親和性の高いものであることがすでに示唆されていると思いますが、その部分を改めて説明したいと思います。
背景としては、先ほどもご説明した通り、SDGsやESG投資といった、社会全体としての持続可能性への取り組みに対するニーズ、そして企業に対する期待が高まっています。SDGsのゴールの中でも、例えば3番はすべての人びとが健康であるべきということを謳っていますし、8番では働きがいも経済成長も両立していくことを謳っています。
こういうことを会社としてしっかりと責任を持って実現していくことは、健康経営というより企業ブランディングの問題です。会社をどう引っ張っていくか、すなわち社会に「うちの会社はこういう方向に行きます」と宣言して、それをどうやって実現させていくのかということで、今は企業理念も、ただお客様に支持されるだけではなく、広くさまざまステークホルダーに支持されるべきであると考えられています。今まで企業理念はミッション、ビジョン、そしてバリューという言葉でいわれてきましたが、そのミッションが特に社会一般に支持されるものであることを強調して、最近では「パーパス」という言葉をよく使います。
こうした背景があり、社会一般に対して「うちの会社は貢献していきます」とアピールすることを、「ステークホルダー経営」といいます。これはシェアホルダーだけを見ている今までのような経営ではなく、ステークホルダーをより広く見て、そこにアピールする経営が大事だと最近、いわれているということです。
そのような中で、企業を取り巻くステークホルダーはお客様であり、ビジネスパートナーであり、従業員であり、株主、投資家であり、地域社会です。地域やグローバルコミュニティで、さまざまなステークホルダーに対してコミュニケーションをうまくしていくために、ブランドが非常に有効になります。複数の対象者間コミュニケーションは簡単ではありません。例えば、今まではこちらでいいことを言ってもそれが他には伝わらなかったので、あちらでも同じようにいいことを言って、ということができましたが、最近はそうしたことができません。こちらで言ったことは他の人も聞くことができますし、あちらで言ったことも他の人が聞くことはできます。そうした中で、コミュニケーションをどのように効果的にしていくかというときに、象徴としてのブランドがコミュニケーションマネジメントには非常に有効になっていくということです。
健康経営の持続可能性を追求するといった社会的要請に応えるものなので、それをこういう企業ブランディングの枠組みの中でやるのは非常に親和性が高いことが分かります。
●伝統的ブランドの定義と考え方
ただ、特に今まで産業保険体制の中で従業員の健康を引っ張ってこられた方々は、いきなりブランドといわれても分からないでしょう。だから、同じように素晴らしい健康経営の取り組みをしていても、上手にコミュニケーションを内外で取れずに、なかなか思ったような成果が出せない方々もいます。そうした中、ブランディングがどういうものかをもう一回確認したいと思います。
まずブランドの定義です。これは少しまどろっこしいのですが、世界的なブランドの定義としては非常に権威あるアメリカのマーケティング協会の定義です。「ある売り手あるいは売り手の集団の製品およびサービスを識別し、競合他社のものと差別化することを意図した名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはその組合せ」と定義しています。
この長い定義のポイントがいくつかあります。その一つが差別化を意図していることで、他社や他のものと識別する役割を担っています。もともとブランドという言葉は、家畜に焼印を押す「ブランダ」という古代の言葉が語源だという説もあり、そもそも市場において、自社のもの、自分が出したものが他と違うという識別・差別化する記号でした。
そのため、今でも市場が非常に意識されています。ただ、この市場で取引されるものは、製品だけではありません。組織や労働市場、株式市場もそうです。そして通常の市場でも、背後にある組織がどういうものかで選ばれたり、選ばれなかったりします。われわれ一人一人、個々人も、労働市場ではブランド化できます。
ということで、企業もブランディング、ブランド化の対象になるということです。これまでのブランディングの研究で...